第8話 魔法

 

 目覚めた部屋は酷い有様だった。

 迷宮の大部屋内の至る所に巨大な氷が刺さっている。

 それだけじゃない。

 何故か何もない部屋のあちこちで炎が燃えている。一体何が燃えてるんだ?

 こんな暑いのか寒いのかわからない、いや、寧ろ合わさって適温になったこの部屋で俺とゴブ太は寝ていた。


 しかし最近気を失ってばかりだな。大きな怪我はないのに。

 俺が起き上がると隣で眠っていたゴブ太も気付いたようで、飛び起きた。


「リュート! お前、どうしたんだ、急に倒れて、そしたら、突然魔法が発現して……」


 やっぱりゴブ太はあのボス部屋で何も感じなかったのか。

 ってかここってさっきのボス部屋か。あの死の気配はもう感じない。というか多分俺の中に――


「なに!? 魔法が発現!? 俺にか!?」


 思わず身を乗り出した俺に、たじろぐゴブ太。

 もしかしてこの部屋の惨状は眠っていた俺がやったのか?


「う、うん。眠ってるリュートの手から、炎や冷気が出て、それが暫く続いて、こうなった」


 荒れた室内を指差すゴブ太。

 彼が言うには俺はまだ魔法が使えないって話だったが……。

 いや、そんなことより、今やる事は一つだ!

 あの炎を生み出したのが俺なら、同じ炎をイメージして放つのだ!


「ファイアーボール!」


 掲げた右手を振り下ろすと、壁に向かって小さな火球が飛んでいった!


「うぉぉぉお!!」


 本当に魔法だ!

 なんでか知らないけど、俺も魔法使いになったのか! 

 封印されし力を解放してしまった!


「アイシクルランス! ファイアーアロー! ふはははは!」


 氷も炎も出せるぞ!

 なんだよこれ!

 テンション上がるな!


「……」


 おっと、ゴブ太が引き攣った表情でこちらを見てるよ。

 一旦落ち着こう。


「確か、基本的な精霊魔法は四大属性に分かれるんだっけ? 地、水、火、風、だな」


 土のイメージなら容易い。ゴブ太がよく使ってたからな。


「ふんぬ!」


 右手に魔力を集中させれば、岩のグローブの出来上がりだ!

 そういえばゴブ太の言った通り、魔力の扱い方は魔法の習得と同時に行えるようになったな。身体の中心から手先に送り出すイメージだ。


「ウィンドカッター!」


 手に魔力を送り出すと同時に、宙を引っ掻くように手を振るう。

 すると見えない風の刃が飛んで行き、部屋に散らかっている氷の結晶を切り裂いた。


「す、すごいぞ……! これが魔法か……」


 他にも雷が出せないかと試してみたが、それは出来ない。空を飛ぶ事も、ワープも出来なかった。

 どうやら俺が扱える魔法は四大属性を操るものだけらしい。


「ふぃー、流石に疲れたな。でも、俺が魔法使いか……」


 胸が高鳴ってしょうがない。

 小学生の頃新しいゲームを買ってもらった時よりもワクワクしている。


「リュート、落ち着いたか? それなら聞いて欲しいんだが、お前の魔法は、精霊魔法じゃない。固有魔法だ」


「……?」


 言われた事の意味を少し考えた。

 普通、人間は精霊魔法を使う。自身の魔力を対価に、精霊に魔法を行使してもらうのだ。

 だが、稀に自分のみ扱える魔法を持った人間もいる。その魔法こそが固有魔法だ。

 固有魔法とは本来魔物の特性であった。竜種のブレス、蜘蛛種の糸生成魔法もそうだ。狼種に至っては風を操る種族や、氷を生み出す種族もいるという。

 だが、近年人類にも固有魔法を持つ者が現れ始めた。

 それは赤子の頃に発現する事もあるし、大人になって初めて自分が固有魔法持ちだと気付くケースもあるそうだ。

 だがどちらにせよ、その人間が生まれながらに持っている力という事だ。

 そこで違和感を覚えた。

 俺が生まれながらに魔法を使えた?

 そんなはずはない。地球には魔力などなかったし、この迷宮に来てから何度も魔法を使おうとしていたが一向に使えなかった。

 どうしてこのタイミングで?


「全てを壊す、力……」


 さっき感じた少女の気配を思い出した。

 力を欲した俺の手は健によって弾かれた。それでも手に入れてしまったというのか。


「何か、心当たりがあるのか? でも、確かに凄い力だけど、全てを壊すなんて、大袈裟だ。少なくとも、研究者は、比べものにならないくらい、強い」


「そ、そうだよな」


 そうだ、全てを壊すなんてとんでもない驕りだ。傲慢だ。

 俺はまだまだ弱くて、健のおかげで謎の少女――あの死の気配を纏った少女は消えてくれたんだ。

 もしかしたら彼女の力の一端を受け入れてしまったのかもしれないが、それは俺が生き抜くのに都合が良いと言えるんじゃないだろうか。


「よし、ゴブ太! 俺に固有魔法の使い方を教えてくれよ。この力をちゃんと自分のものにして、迷宮から脱出するぞ!」


「おぉ! と、言いたいところだが、まずは飯にしよう……」


 そういえば、ホーンラビットの肉を食べようと話していたのに、なんだかんだで後回しになってしまった。


「そうだ、フライパン……じゃなくて鉄鍋って呼んでたな。あれ出してくれよ。そこの炎で焼こうぜ」


 ゴブ太が研究者から貰った物資は多様で、調理器具もあるし、火や水を作る魔道具もある。

 だが、魔道具は何度も使ってるうちに耐久値が減り、壊れやすくなるそうだ。だから魔道具に頼らない手段があるならそれを用いるのが良い。

 俺が固有魔法を使えるようになったのは嬉しい誤算だな。


「良い考えだけど、焦がさないでくれよ……」




 塩だけで味付けた兎肉は少し獣臭かったが、俺たちの腹を満たすのに充分だった。

 食事を終えた後、ゴブ太と固有魔法について再び話をした。


「固有魔法の一番の特徴は、感情に引っ張られることだ。激情に呑まれれば魔法は暴走し、高威力を持つ代わりに制御が効かなくなる。逆に恐怖や不安といった感情は普段よりも魔法の性能を劣らせてしまう。反面、複雑な制御も行えるようにはなるが、過度な恐怖ではそれも困難にしてしまう。つまり、魔法を扱うにあたって最も適した状態というのは、平静であることだな」


 ゴブ太が研究者の真似をする時は、話し方が滑らかになるからわかりやすいな。あと、顔が少しドヤ顔になる。まぁスルーして話を続けよう。


「俺が寝てる時に魔法を暴走させたのは、感情に呑まれたからだな。過去を思い出して哀しみや怒りを抑えられなかったんだ。心配かけて悪かった」


「気にするな。それと、魔力の総量は、魔法を使う度に上がっていく。リュートが初めて魔物を倒した時みたいに、生命を奪う事でも上がる……ん……?」


「どうした? 何か気になることでもあったか?」


「いや、なんでもない」


 そうして俺たちは暫く魔法について講義した。

 実験的に魔法を使ってみてわかった事もいくつかある。

 固有魔法は基本的に手、或いは足から放てる。重要なのは身体の中心から手先、足先に魔力を流していく事なのだ。その過程で、散らばっている魔力を一纏めにし、手先に集中した魔力を放つというイメージなのだ。つまり、身体の中心近くにあるヘソから水鉄砲を撃つ、というような芸当は出来ない。

 また、身体から離れた場所に魔法を創造する事もかなり難しい。

 五メートル離れたゴブ太の頭の上に水球を作り出そうとしても、どうしても手のひらから射出してしまう。

 ただし例外はある。

 土の魔法を使う時、手、または足の先から地面に魔力を伝えていき、その地面の形を変えるイメージを持つ事で魔法を発動出来た。少しのタイムラグはあるが、地面を伝う事で、離れた場所に土の棘を作り出すことに成功した。これはゴブ太の得意魔法でもある。俺はこれをアースニードルと名付けた。名前はイメージをする上で重要なのだ。決して厨二病などではないからな!


「しかし魔法はすごいな。魔力を消費しても魔素が濃い迷宮ならすぐに回復出来るし」


 魔法の万能性に感心してると、ゴブ太が驚いた顔でこちらを見ていた。


「は……? 魔力は時間をかけなきゃ回復しないだろ……? 効率を考えれば、食べたり寝たりするのが良いけど、そんなに直ぐには回復しないぞ……」


 確かにさっきホーンラビットの肉を食べた時にかなり回復した気がするが、この魔素が溶け込んだ空気を吸っているだけでも結構魔力が戻って来るのを感じる。

 それをゴブ太に伝えると、「おかしい」と言いながらウンウン唸っていた。

 もしかしてチートか? 俺TUEEEなのか?

 そう思って調子に乗って魔法を使いまくっていたら、普通に倒れた。

 頭がクラクラして眠くなる。

 やっぱり俺は雑魚だ。イキってすみましぇん。

 とはいえ数分ゴロゴロしてたら回復したので、やはり便利であることに変わりはない。あと、魔法で作った水が飲めるのも最高に便利だな。水の派生で使える氷魔法も地味に嬉しい。夏になったらかき氷でも作りたいな。今秋だけど。


 そんなこんなで一日中魔法について研究していた。

 今日もボス部屋らしき部屋で寝る事になったが、明日からは迷宮探索を再開する事にした。

 食糧も調達したいし、そもそも早くここから出たい。

 過信は禁物だが、この力を駆使すれば今までより戦闘もやりやすくなるはずだ。

 俺は期待に胸を膨らませながら眠りについた。

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