第7話 過去
小学三年生の頃、気の合う友人が出来た。
名前は
当時の俺はテレビゲームにハマっており、健と仲良くなったのはそれがきっかけだった。
俺は大抵の事が得意で、運動も勉強も最初から出来たし、ゲームも同じだった。だから当然の様に俺は、対戦ゲームでは友人達に勝ち続け、RPGでは攻略法を教える立場だった。
自分で言うのもなんだが、今思い返せば色んな人に尊敬や憧れを受けていたと思う。中には嫉妬する奴もいたが、そういう奴でも一緒に遊んでる内に友達になれた。
そんな俺が、初めて健と同じクラスになったのが小学三年生の頃だった。
彼が俺と同じゲームを好きだと知り、俺よりもゲームが上手いことを知った俺は、すぐに健と仲良くなった。
健と遊ぶのは新鮮だった。
いつも友人達に勝っていた俺は、健にだけはどうしても勝てなかった。俺の知らない攻略法やテクニックも知っていて、それを教わる立場というのは中々面白かった。
気付けば他の友人達と遊ぶ時間は減り、俺はいつも健と一緒にいるようになった。
小学四年、五年では健と別のクラスになってしまったが、ニクラスしかない田舎の学校だ。クラスが違くても遊ぶ時間は減らなかった。
この期間に、俺は別の友人から色んなことを言われた。
「どうしてあんな奴と一緒にいるんだよ」
とか、
「竜斗くんはあんな子と仲良くしないで」
とか、健を蔑むものばかりだ。
俺は彼らが健を悪く言ってる理由がわからず、
「健はいい奴だ」
と言い続けることしかしなかった。
今思い返せば、あの時もっと深く知るべきだったんだ。
俺がもっと人の醜さを知っていれば、俺の知らない場所で何が起きていたのか知れたのに。
健が、自殺した。
それを聞いたのは小学五年生の夏の事だった。
蒸し暑い五年一組の教室で、蝉の声がやけに五月蝿く聞こえる日に、担任に告げられた言葉。
わけがわからなかった。
もうすぐ訪れる夏休みに胸を躍らせていたのは、俺だけだったのか。
健と遊ぶ約束は、永遠に果たされなくなってしまったというのか。
「なんで」
俺の言葉に担任は答えなかった。
自殺なんて、ニュースでしか聞いたことがなかった。
そうだ、偶に観るニュースでは何が原因で自殺するんだっけ。
「イジメが、あったんですか」
担任の
「イジメなどなかった」
そう言い切った。
俺はその目を見て嘘だと確信した。大人が汚い生き物だと、この時初めて知った。
俺は暫く虚ろに過ごした。
健が死んだという実感がなかった。
だけど葬式に行って健の遺影を見た時に、もう二度と会えないんだという事実を理解した。
夏休みに入る前日の放課後、俺は健がいたクラス、五年二組の教室に行った。
二組の生徒には予め放課後残る様に伝えてあった。
「誰が健をイジメてたんだ」
俺は押し潰されそうなほどの怒りを堪えながら、教室の前で問いかけた。
席に座っている二組の生徒達は、授業中よりも静かに、身動き一つしないようにじっとしていた。
「知らばっくれるなよ。もうわかってるんだよ」
嘘だった。
俺は何も知らなかったのだ。
健がいじめられていた事も、子供達がこんなに残酷だった事も。
それだけじゃない。
健が母子家庭で、母親が子どもに無関心で冷たい人だと知ったのも、健の葬式に行った時だ。
何も知らなかった自分に、心底腹が立っていた。
「い、イジメてなんかない! 俺たちは、イタズラのつもりで、教科書を破いたり、靴に画鋲を入れたり、ほら、友達同士でやるような、おふざけだよ!」
最初に声を上げたのは
「そ、そうだよ、それに、先生もイジメなんかなかったって、言ってたし……」
次に声を上げたのが
それと、二組の担任の
「ね、ねぇ、そもそも、竜斗くんが健くんとばかりつるんでたのが悪いんでしょ?」
女子の一人が声を上げて、それに賛同する声が次々に出てくる。
「そうよ、あの子、幽霊が見えるなんて嘘ついて、気持ちの悪い」
「あんな不気味な子、竜斗くんには釣り合わないって、みんな言ってたよ」
俺の……せい?
確かに、思い返してみれば予兆はあったのかもしれない。
俺が健を家に連れて行こうとすると必ず近くの誰かが嫌味を言ってきた。
「ならお前も来いよ」と言うと、健とは遊びたくないとほざくのだ。
俺はあの時、もっと真剣に考えるべきだった。
俺は本気で健を良い奴だと思っていたから、皆んなが健を本気で嫌ってるなんて想像もしなかったんだ。
こんな俺の浅はかさが、大切な友人を……。
俺が黙ったせいで、再び教室が静かになった。
そもそもなんで自分はこんな事をしているんだろう。
不意に湧いてくる疑問。
俺は何がしたいんだ。
怒りだけが今の俺を動かしている。
復讐。
そんな言葉を思い出した。
そうだ、俺とこいつらが原因で健が死んだのなら、こいつらも俺も死ぬべきじゃないか。
健を死なせた奴らを一人ずつ殺していけば、嘘ばかりつく大人も苦しむことになるだろう。
俺はまず透の席まで歩いて行った。
最初の一人だ。
拳を握り締めた。
そういえば、無責任で心無い大人が、昨日俺に言った言葉がある。
「辛い時こそ笑いなさい」
あいつはそんなこと言っていたけど、笑ったら幸せになれるなんて考えている大人は薄っぺらい人生を送って来たんだと思う。
でも、俺は、自分でもわからないくらい色んな感情がグチャグチャになっている。
感情のはけ口がわからず、ニタリと笑ってみた。
目の前で俺の顔色を窺っていた透が「ヒッ」と情けない悲鳴を上げた。
そうだ、もっと恐れろ。
俺は握り締めた拳を振り上げた。
きっと一発じゃ足りない。
何度も何度も何度も何度も殴らなくちゃこの憎しみは晴れないんだ。
「もっと容易な方法がありますよ」
鈴の音のような綺麗な声が、突然耳元で聞こえた。
こんな声は記憶に無い。
過去じゃなくて今、ここで掛けられた言葉だ。
「全てを壊す力が、ここにあります。あなたが恨んだ人類を、あなたが憎んだ世界を、そして、消える事のない怒りの炎に包まれた、あなた自身を」
壊す力?
そうだ、壊してしまえばいいのか。
方法も力も、目の前にある。
手を伸ばす。
全部壊れてしまえばこの苦しみから解放されるんだ。
パシン。
そんな音が聞こえて、遅れて手がヒリヒリと痛んだ。
伸ばした手を叩き落とされたのだと理解すると同時に、懐かしい声が聞こえた。
「ダメだ」
健の声だった。
必死で名前を呼ぶけど、声が出ない。
夢なら醒めないように、幻なら消えないように、ここに繋ぎ止めて話を聞きたい。けど、身体が動かない。
「悪意に呑まれてはダメだ」
姿も見えない。
そもそもここは真っ暗闇の世界だ。何も見えない。
それでも声が聞こえて、そこにいるという気配を感じる。健の気配と、知らない少女の気配。
「今すぐに思い出して、あの日の続きを。君はあの時振り上げた拳を、振り下ろしたのかい?」
あの時――そう、確かに俺は透を殺してしまおうかと考えた。
でも、実際はそうならなかった。
舞が、妹が来たんだ。最近様子がおかしいからって、一緒に帰ろうって。一組の教室に俺がいなかったから、二組の教室を覗いて、異様な雰囲気だったから、飛び込んで来た。そう言ってた。
あの時、飛び込んできた舞が俺の背中に強くしがみついてきた。
笑いながら人を殴ろうとする俺に怯えていたのか、震えながらも俺を止めてくれた。
振り上げていた俺の腕はどんどん重くなり、行き場をなくして力なく下がっていった。
「ごめんね、僕の安易な行動が長年君を苦しませた。だけど、それに負ける君じゃないって信じてるよ」
声は少しずつ遠ざかっていく。
呼び止めようとしても、俺の身体は全く動かない。
悪意ある少女の気配は健と共に消えて行った。
彼女が誰であるかも、ここがどこであるかもわからない。
けど、健が俺を何かから守ってくれた事だけは深く理解していた。
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