第26話 初任務

 

 ホテルに戻ると、ロビーで待っていたミーシャが駆け寄って来た。

 突然いなくなったせいで心配させてしまったようだ。


「ごめんごめん、俺は早起きだから朝はトレーニングしてるんだ。ミーシャは無理して起きなくていいぞ。子どもは寝て育つんだからな」


 そう言う俺の横から、アニスがニッコニコで歩いて来た。


「おはようございます、リュートさん。随分と特殊で危険なトレーニングをされているのですね?」


「え?」


 アニスの背後を見ると、今朝屋上で会ったスタッフが隠れていた。

 あいつ、チクリやがったな。

 しかし屋上から飛び降りたらダメなルールでもあるのか?

 いや、普通にダメか。ここが自殺の名所か何かだと勘違いされてしまう。


「あぁ、東方には忍者が多いからな。高所から飛び、屋根伝いに移動するのは最も基礎的なトレーニングの一つなんだ」


 真顔でホラを吹く俺を見て「えっ、そうなんですか?」と信じるアニス。


「い、いや、そうだとしても、ここではそのトレーニングは控えて下さい! 今回は文化の違いという事で注意に留めておきますが、通行人も驚くのでやめて下さいね!」


「うむ、それはすまなかったでござる」


 よし、誤魔化し完了。


「さてミーシャ、朝ごはんにしよう」



 昨夜と同じテーブルで朝食を済ませた俺達は一度部屋に戻り、荷物の整理をしていた。


「昨夜俺が作った武器だ。槍が二つ、これは鋭さ重視で作った。それから棍棒が五つと、拳大の土球。これは硬くて重いぞ。最後に、岩で作った盾が三つだ。とにかく硬く、頑丈に作ったけど、敵の攻撃は出来るだけ避ける事に専念してくれ。どうしても避けられない時はこの盾で弾いたり受け流すといい。牽制にも使えるか」


 一番の自信作は盾だ。俺一人覆い隠せるほど大きな五角形の盾が三つ。やはり守りを固めてあげたい気持ちが強いので、盾を作る時はかなり力を注いだ。


「ありがと、凄く頼もしい」


 そう言いながらミーシャは全ての武器を浮かせて、何度か確かめるように動かしてから背負ったリュックに収納していった。

 俺の方は今更だけどゴブ太のポーチに入ってる物を全て出し、確認する。

 迷宮内でお世話になった汚れない毛布、鍋やフライパンなどの調理器具から、木の皿や銀の食器もある。火を起こす魔道具もあるし、水が沢山入る水筒も迷宮で使ったな。そして、不思議な箱が二つ。片方は魔力を通すと熱が籠るため、オーブントースターみたいなものだろうか。もう一つは魔力で冷気が籠るクーラーボックスだ。冷蔵庫みたいに使う為には頻繁に魔力を補充する必要があるみたいだが、これはかなり便利だな。

 更に、俺の読めない異世界言語で書かれた本が三冊と、この世界の地図らしき物。それから俺たちが迷宮で手に入れた魔石などの魔物の素材。これはタイミングを見つけて売りたいが、迷宮産の物だとバレたりするのだろうか? だとしたら迂闊に見せられないな。新人冒険者が迷宮産の素材を持ってるのはおかしいからな。


「あ、ミーシャの荷物も預かったままだったな」


 迷宮内で預かった折れた剣と、大きなリュックを返す。

 ミーシャはそれを受け取ると、リュックをひっくり返して中の銅貨とパンを渡してきた。


「リュックと服の値段にはならないけど、これはリューが使って」


 やっぱりお金の事を気にしていたみたいだ。

 ここでこの子が持っているお金を預かって、俺が管理してもいいかもしれない。

 でも、いずれ俺とこの子は離れる時が来る。ならその時に備えて、お金の使い方や生活の仕方は学ばせておくべきだろう。


「今までの事は気にしないでくれ。でもこれから俺たちは冒険者として稼ぐだろ? その時の報酬は、半分をパーティ資金として貯めて、残りを俺とミーシャで半分ずつ分け合おう。これがパーティの決め事だ。それで、俺たちの生活に関わる食事や宿代はパーティ資金から、個人的に欲しい物があったら自分の財布から払うんだ。もちろん、何か必要な物があって手が出せない値段だったりしたら相談してくれ」


「半分……? そんなに、もらえない。わたしはリューより弱いから……」


 遠慮するミーシャに強めに言う。


「ダメだ。強いとか弱いとか関係なく、俺は一緒に冒険してくれるミーシャに平等な報酬を与えたいんだ」


 渋々頷いたミーシャに補足して伝える。


「そうそう、パーティの決め事と言えばもう一つ。どんな時でも自分の身を守る事を優先してくれ。これだけは絶対に守ってくれ。きっと迷宮にいた頃のように思いがけない強敵と遭遇する事もあるかもしれない。そんな時、まずは自分が助かる事を優先してくれ。これが守れないなら一緒にパーティを組むつもりはない。わかったな?」


 卑怯な言い方をしたせいか、ミーシャは何かを言いたそうにしていたが、暫く悩んだ末に「わかった」と了承してくれた。


「さて、それじゃあ早速ギルドに向かおう。あ、でもこのパンそろそろ食べないとまずいよな……ちょっと市場に寄って昼食の材料でも買いに行くか」


 ということで、俺達はギルドに向かう途中の大通りに来た。


「やぁ東方のあんちゃん! この辺ではうちが最安値だよ! 人参ジャガイモ玉ねぎに、キノコとブロッコリーね……沢山買ってくれたから銅貨五枚にしとくよ!」


「え? すまんよく聞こえなかったな。なぁおっちゃん、もう一回聞くぞ。アンタは遠方からやって来て路銀を使い果たしてひもじい旅人に、幾らで野菜を売ってくれるんだ?」


「はっは! わかったわかった、特別に銅貨四枚で売ってやる! また来いよ!」


 少しずつこの世界の金銭感覚も身に付いてきた為、こういう買い物も面白いものだと思える。


「あとは小麦粉と鶏肉と……あれは香辛料か? あっちには蜂蜜も売ってるな。あ、ミーシャ、あそこで牛乳とバター、チーズを買ってきてくれるか?」


 丁度いい機会だと思い、ミーシャにパーティ資金を渡す。これはコーネルから貰ったお金の残りだ。


「あら可愛い白猫のお嬢ちゃんね! なぁに? これとこれと、これだね? それなら全部で銅貨九枚だよ!」


 押しの強そうなおばさんを前に、ミーシャは少し気圧され気味だ。手に持った銅貨をボーッと眺めている。


「んもう! そんな儚い表情されたらお金取りづらいじゃない! いいよ、その手に持った銅貨八枚で」


「あ、ありがと」


 目的を達成してどことなく満足げなミーシャを連れて、ようやく冒険者ギルドに向かう。


 昨日と同じくらいの時間に着いたが、ギルド内に人が全くいなかった。


「なんだ? 休業日なのか?」


 そう呟くと、受付の奥から職員が顔を覗かせた。確かシェリーの後輩で、ミリーナとか呼ばれてた人かな。


「あ、リュートさんミーシャさん! 休業日はないのでご安心ください。いま丁度、地下でギルドマスターとアランさんが訓練しているので、皆さんそれを見学してるんですよ。でもそろそろ戻って来ると思います」


 なんだあのおっさん、いつも誰かと戦ってるのか?

 それにしてもアランって、昨日も聞いたな。強そうな奴だったし、少し気になる。けどもう終わるって言うなら、見学は次の機会にしよう。


 俺達は依頼ボードの前に行く。

 昨日と同じように、赤髪の少女レイラがボードを眺めている。しかしどこか上の空で、何かを見ているようで何も見ていないようだ。

 レイラは横に来た俺たちに気付き、視線を俺とミーシャに向けた。


「ねぇ貴方」


 なんとなく、話しかけられただけで責められているような気分になる。彼女にはそんな気の強さを感じる。

 横目で視線を合わせると、レイラはミーシャを見た。


「その子の事、結局迷宮に連れて行くそうじゃない。不安じゃないの? 大事にしてる子を危険な場所に連れて行くなんて」


 だけどこの質問には責めているというより、純粋に答えを知りたい、という真っ直ぐな感情が見えた。

 彼女が何を考えているのかは知らないが、誠実な感情には誠実な答えを返すべきだ。


「不安だよ。また大事な人を失うかもしれないと考えたら、怖くてしょうがない。けど、この子は自分の意思で俺を手伝いたいと言ってくれた。危険だとわかっているのに、強い意志を俺に見せてくれた。だからその気持ちを尊重したんだ」


 レイラは暫く考え込んだ後「そう」と言って去って行った。

 感情の読めないその背中を見送っていると、地下へと続く幅広の階段から声が聞こえて来た。



「やっぱアランは安定してるよなぁ。敵との間合い、強攻撃の対処方法。即座に最適解の動きをしてるみたいな綺麗な戦い方だよな」

「そうそう、ギルマス相手にあそこまで立ち回れる奴なんてそういないだろ? なぁキース、昨日の噂ってマジなのかよ?」

「マジに決まってんだろ、お前も傷だらけのギルマスと、あの盾を見ただろ? 何十年も愛用していた最強の盾にヒビが入っちまってよ、俺たちだってボコボコだ」

「そうだぜ! アニキはつえぇんだ!」


 急に賑やかになって来たと思ったら、地下から冒険者達が戻って来たようだ。

 どうやら俺のことを話しているらしいが、自分の噂話を聞くのはなんかむず痒いな。けど、噂してる奴らはそんな事お構いなしらしい。


「あ! 来てるじゃねぇか! おーいリュート! ほら、あいつだよ! 俺が思うに今このギルドで最も強い男だな! もちろんギルマス抜きでな」


 なんかメンドクサイ事になりそうだな……。


「ミーシャ、さっさと依頼を受けてここから去ろう。良さげな依頼あるか?」


 ミーシャに依頼表を読んでもらう。暫く悩んでいたが、「あれ」と指を差した。

 ボードの高い所にあるその紙を取ると、読み上げてくれた。


「報酬……金貨一枚。討伐……オークじぇねらる? 群れ? 森の奥……」


「おぉ! 結構いい依頼じゃないか!? ナイスだミーシャ!」


「指定……あ……Bランク……」


「受けられないんかい!」


 思わずつっこんだ。俺達はまだDランクまでしか受けちゃダメって事になっている。


 そうこうしてるうちに、地下にいた冒険者達が戻って来て囲まれてしまった。


「なんだよ、本当に見た感じはただのガキだな……でもギルマスも言ってたし、実力は本物なんだよな……?」

「そうよぉ、私達、この子に殴りかかって皆んな返り討ちになったんだから」

「俺はそんな失礼な事してないぜ! アニキの弟子だからな!」


「おいお前! 勝手に弟子になるな!」


 つい反応してしまった。今朝会ったマナといい、この世界の子ども達は弟子になるのが好きなのか?

 俺たちがガヤガヤとやってると、人ゴミを掻き分けるようにして金髪碧眼のイケメンが歩いて来た。


「初めまして、いや、昨夜会ったよね。僕はアラン。君達の事を聞いた時からずっと話したいと思っていたんだ。よろしく、リュート、ミーシャ」


 くそ、なんて爽やかなんだ。穢れた俺の心が浄化されてしまいそうになる。


「俺は貴様と話す事などない! 仕事があるのでこれで失礼する!」


 これ以上爽やか善人オーラに当てられていると聖人になってしまいそうだ。適当な依頼をミリーナに選んでもらう事にしよう。


「ちょいちょいちょい。リュート、お前昨日俺と話した事もう忘れたのかよ?」


「なんだガイストか。おはよう、今日も眩しい頭だな」


「おう、おはようさん……って一言多いんだよ! お前は俺を揶揄わないと気が済まないのか!?」


 はぁ、と溜息を吐いてからガイストはアランの方を指差した。


「話くらいしてやれって、言ったろ?」


 そういえば昨日、俺のパーティに勝手に人をスカウトするみたいな事言ってたけど、このイケメンがそうなのだろうか。


「じゃあ十秒で終わらせてくれ」


「エモみたいなこと言うなよ……」


 アランの方を向き直ると、彼はハッとした表情の後、本当に十秒で話をまとめた。


「ガイストさんに君の強さを聞いて、僕はとても興味を持ったんだ。君の目標が災禍の迷宮という事も聞いた。危険な冒険だとしても構わない、是非僕も仲間に入れて欲しい」


「よし、話も終わったし仕事するか」


「ちょいちょいちょい! 返事はどーした!」


 ガイストが一々うるさいな。アランの保護者なのか?


「昨日言ったばかりだろ、他の誰も連れて行くつもりはないって。そもそもガイスト、アンタもどうかしてるぜ。散々あの迷宮が危険だって言ってたくせに、なんでこのイケメンまで巻き込もうとするんだ? お前はこいつを殺したいのか? もしかしてサラツヤな髪の毛に嫉妬してんのか?」


 ツッコミを入れるかと思ったが、どうやらハゲネタはスルーする事にしたらしい。ガイストは首を振ってから言った。


「誰も死なない為に、アランに声を掛けたんだ。お前ら二人じゃ助からない場面でも、コイツがいれば助かる確率は上がるだろう。実力もソロでBランクだから、総合力ではお前と同ランクってことになるしな。それに、俺はアランに声をかけただけで、実際に決めたのはコイツだぜ?」


 ガイストに肩を叩かれたアランが頷いた。


「うん、僕は自分の意思で君と行動を共にしたいと思ったんだ。昨夜も思ったけど、正直に言って君の言動は奇天烈だし、何を考えているのかわからない。でも、君の旅は君にとって非常に意義のあるものだと思うんだ。僕は君の旅を見届けたい。君の強さがどこからくるものなのか確かめ、自分自身の成長に繋げたいんだ」


 要するに、武者修行の為に俺についてきたいってことかな。

 ガイストが認めるくらいアランは強いらしいし、信用がおける人物なのかもしれない。そしてまた、彼自身ももっと強くなろうと努力している。でも、だとしても、あの迷宮に連れて行くのは危険だ。


「ん? なんだこの依頼は。Bランクだぞ……あ、いい事思いついた。アランと組むならBランク依頼まで受けさせてやるよ」


 考え込んでいると、俺が持っていた依頼表を取り上げてガイストは勝手な事を言い出した。職権濫用じゃないか。


「そんな顔すんなよ、なにも権力で好き勝手してるわけじゃない。アランは依頼達成の実績が多いから、冒険者としてはお前より遥かに信頼がある。だから新入りのお前達と組んでもBランクまでなら問題無いと判断したんだ。どうだ、試しに行ってみろよ」


「僕からもお願いするよ。この依頼の中で君達の役に立ってみせる。今回の報酬は僕の分はなくていい。一度でいいから共にパーティを組ませて欲しい」


 報酬も要らないって、そこまでして俺たちと組みたがる理由がわからないな。武者修行なら他にも方法があるだろうに。

 でもまぁ、熟練の冒険者に色々教えてもらうチャンスと考えれば貴重な事か。オークの群れ程度なら危険も無いだろうし。


「わかった。今回だけ一緒に組むことにしよう。報酬はキッチリ三等分だ。俺たちのルールは死なないこと。これだけ守ってくれ」


「うん、ありがとう」


 そう言ってはにかむアランを連れて、俺達はオークジェネラルが率いるオークの群れを討伐する事になった。

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