第27話 カリスマ

 

 テレビでよくアイドルの追っかけを見たりするが、俺はああいうのを見て迷惑極まりない奴らだと思ってしまう。

 公共の場で群がったり、他の通行人の邪魔になる場所で待機したり、まるで周りが見えていないよな。

 もっと周囲の人に気を遣って生きてもらいたいものだ。


「アランさん! 今日はどちらまで行かれるのですか?」

「あ、アランくーん! 今日も頑張ってね! 差し入れだよ」

「アラン! また新しいパーティなの?」


 だから俺は、このパーティに早くも嫌気がさしていた。


「ていうかもう俺たちだけで行くか。よし、ミーシャ飛ぶぞ」


 ギルドを出て数分歩いただけで複数の女子に囲まれるアラン。彼は少し困ったような表情を浮かべながら「依頼があるから……」なんて言って振り払おうとしているが、そんな優しい対応じゃあ誰も離れて行かない。

 囲まれて動きが鈍くなったこの集団から逃れる為、足に風魔法を纏い、ミーシャを抱えて大きく跳躍した。

 人々の頭上を飛び越えて離れた所に着地し、俺とミーシャは二人で走り出した。


「リューはあの人嫌い?」


 黙ってアランから逃げ出した俺に、ミーシャが問いかける。

 今までイケメンは嫌いだ、なんて冗談を言っていたが、本音を言うと別にどうでもいい。


「うーん、普通にいい奴そうだし、嫌いではないかな。でも、アイツと行動する度に有象無象に行先を阻まれるなら、一緒にいたいとは思わないな。時間は有限なんだよ」


 そんな話をしながら東門から街の外へ出る。

 受付嬢から受けた説明では、南東に広がる森の奥地で、オークジェネラルがオークの群れを統率して深部から森の入口を目指して移動しているらしい。

 活発化したオークが森から出て近隣の村を襲うといったケースもある為、早い段階でこれを討伐しておきたい、との事だ。


「そういえば迷宮の外で魔物と戦うのは初めてだよな……何があるかわからないし、よく警戒しておくんだぞ」


 ミーシャに注意を促すと、彼女は驚いた顔をしていた。


「初めてなの?」


 しまったと思った。

 迷宮であれだけ戦っていたのに魔物と戦った経験がないというのはおかしいよな。驚いた様子を見るに、ミーシャは外でも魔物と戦ったことがあるのかもしれない。

 迂闊な発言をしてしまったようだ。


「いや……外では二人で戦うの初めてだろ? お、さっそく魔物みたいだぞ」


 魔物の気配は少し遠いが、俺は誤魔化す為に走り出した。

 森に入ってすぐ、茂みを掻き分けて広くなった場所に出ると、そこには一匹のゴブリンがいた。


「っ!」


 足が止まる。

 いつかこんな日が来るとは思っていた。

 緑色の肌の小鬼族。

 コイツは違う。ゴブ太じゃない。

 わかっているのに、嫌でも思い出してしまう。


「グギャァ!」

 凶暴な声をあげながらゴブリンは襲いかかって来る。

 その目に理性の光はない。こいつは獰猛な魔物でしかないんだ。

 なのに身体が動かない。

 俺を何度も守ってくれた優しい戦士との思い出が次々に蘇ってくる。


「ボーッとしちゃダメだ!」


 その時、突如視界に入ってきた人影が盾でゴブリンの棍棒を弾き、隙が生まれた首に片手剣を刺してその命を奪った。

 赤い血を流して倒れるゴブリン。迷宮じゃないから死体は消えない。


「遅くなってごめん。でもどうして敵前で呆けていたんだい?」


「……お前には関係ないだろ。助けてくれたことには礼を言う」


 気分が悪いが、助けてくれたアランに辛うじて礼を言う。

 遅れて追いついてきたミーシャも心配そうな顔でこちらを見ている。

 頭を振って気持ちを切り替える。

 今の俺は冒険者だ、人々の脅威となる魔物は排除しなきゃいけない。


「それより、アランは大変だな。毎日依頼に行く前にどれくらいの時間をドブに捨ててるんだ?」


 気持ちを切り替える為に出した話題が嫌味というのは、俺の捻くれた性格をこれでもかと表しているな。


「それは……本当にすまなかった。君について行くと決めたのに、その歩みを阻害するような行為だったよね。普段は一言二言交わして終わりなんだけど、どうやら今日は君に興味がある人達も多かったみたいで……」


「なんだそれ、俺のせいにするのか?」


「違う違う! ほら、君って東方の名家出身だろう? だから最近街で見かけるミステリアスな東方人って、噂になっているんだよ……。そんな君と僕が歩いていたから、比較的話し易い僕が質問攻めにあったんだ」


 どうも視線を感じると思っていたが、やっぱり東方人は珍しいのか?


「一応言っておくけど俺は名家出身じゃない。ただの田舎者だから金はないし、ミステリアスなんかでもない。お前ももうわかったと思うけど、嫌味が大好きな捻くれ者だ。だから次何か聞かれたらそう答えておけ」


「嫌味だなんて思ってないよ! 君の言葉は本質をついている。それを嫌味と受け取るのは、聞き手側に後ろめたさがあるからだと僕は思うよ。でも、君が人を寄せ付けたくないのは理解したよ。次からは上手く言ってみる」


 こいつ善人すぎないか? 昨日から俺はアランに対して失礼なことしかしてない筈だけど、アランはそれを気にするどころか、自分に問題があると思っているようだ。


「今討伐したゴブリンに関しては、価値のある素材は牙と魔石くらいだね。僕の魔法鞄に入れておくよ」


 アランは短剣でゴブリンの牙を抉り取り、その後胸を捌いて魔石を取り出した。パッと見た感じ、迷宮でドロップする魔石と同じ物のようだ。それらをまとめて腰のポーチにしまった後、ゴブリンの亡骸に小瓶に入った透明の液体を掛けている。


「これは死体を分解するバクテリアの働きを活発にする薬剤なんだって。火や土魔法を使えない冒険者にとって便利なアイテムだよ。生きてる自分にかかっても害にはならない薬だしね」


 そうか、迷宮と違って死体の処理もしないといけないのか。


「ん? 俺は魔法を使えるから任せてくれていいぞ」


 わざわざアイテムを使う必要はないと伝えるが、アランは首を振る。


「ガイストさんから、その……君が常識知らずだと聞いていてね。真偽はともかく、一般的な冒険者がどうやって依頼を遂行しているのか見てもらおうと思って」


 なるほど、彼の気遣いというわけだ。

 確かに俺たちは何も知らないまま冒険に出た。一から説明して貰えるのは非常にありがたい。


「さて、それじゃあ早速奥に向かおうか。この中では盾を持っている僕が前を歩くべきだと思うんだけどそれでいいかな?」


「あぁ、それで頼む」



 歩きながらオークの特性について説明を受けた。


「普通のオークの体長はそれほど大きくはないんだ。平均値はガイストさんと同じくらいかな? でも彼らの肉体は一般的な人間よりも遥かに太い。拳の一振りですら致命傷になる程に。その上、オークジェネラルは他のオークより一回り大きく、人間の武器を奪ったり、同族に指示を出したりと、一定の知能がある。この討伐依頼で推奨される戦い方は二つ。距離を保ちながらオークの群れを各個撃破し、最後にボスのオークジェネラルを討伐するか、群れに気付かれない内に迅速にオークジェネラルを討伐するかだ。気を付けて欲しいのは、決して奴らに囲まれてはいけないということ。統率力をもった魔物の群れに囲まれるというのは、なぶり殺しに遭う事が決まったようなものだと言われている。君達は二人とも魔法使いだって聞いたよ。僕より前に出ないで貰えるとありがたい」


 流石、というべきか。

 アランは敵の事を熟知し、戦い方の提案から、禁止事項まで教えてくれた。

 しかし魔法使いだからと言って同年代の少年の後ろに隠れるのは気が進まない。そういえば彼はどうやって戦うのだろうか。剣と盾に、細身の鎧を装備していて、物語の王子の様な格好だ。


「あぁ、そう言えば僕の戦闘スタイルについて教えてなかったね。パーティを組む時、僕は基本的に盾役なんだ。ガイストさん程の防御力はないけど、あの人には沢山の事を教わっている。だから僕が最前線に出るよ。ただ、二人は変わった魔法を使うって聞いたよ。僕が前にいると邪魔だったりするのかな?」


 アランの質問に俺とミーシャは首を振る。


「敵が多いなら同じ敵を攻撃する場面は少ないだろう。広範囲魔法を使う時は声を掛ける。それと、アランが前に出るのはわかったけど、無理して敵の攻撃を全部引きつける必要はない。何体か後ろに通してもこっちで対処出来るから、怪我を負わないように立ち回ってくれ」


 俺が言うとミーシャも頷く。アランは「君達は優しいね」と微笑んでから了承してくれた。


 その後も細かい事を決めながら歩いた。

 アランは様々な提案をしてくれたが、最終的な決定は俺に任せた。自分は参加させてもらっている立場なんだ、と弁えているように見えたが、どうしてこんなに信頼してくれているのだろうか。ガイストや他の冒険者に色々聞いたと言っていたが、それ程ガイストを信頼しているという事なのか?

 依頼が終わったら詳しく聞いてみようと思う。



「見つけた。この先で十五体くらい、休憩してるみたいだ」


「感知能力が広いんだね……それじゃあ作戦通りにお願い出来るかな?」


 森の中部を超えた辺りで見つけたオークの群れ。

 俺は敵を視認できる場所まで近付き、手から氷の槍を撃ち出した。

 狙いは群れの中央に座るオークジェネラル。

 これであいつが倒れてくれれば後が楽なんだが――


「っくそが! 悪い外した!」


 あの群れのボスは直前で自分に迫る攻撃に気付いた。タイミング的に躱せないだろうと思ったが、胸糞悪い事に、奴は側に座っていた仲間を掴んでそいつを盾にしたのだ。

 氷槍はそのオークを絶命させたが、厚い肉に深々刺さるだけで、オークジェネラルには届かない。


「問題ないよ! 手筈通りに行こう!」


 アランの掛け声と共に茂みから飛び出す。


「ブモォォオ!」


 怒り狂ったようなオークジェネラルの雄叫びと同時に戦いの火蓋が切られた。

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