第12話 不幸

 

 無限にパンを出し続ける少女を手で制して、俺は問いかけた。


「助けてくれてありがとな。あとどれくらいの物資があるんだ?」


 少女がリュックをひっくり返すと、沢山の銅貨とパンが出て来た。この子一人なら、一週間くらい食い繋げる量だな。

 俺はかなり回復したので、あと二週間くらい何も食べなくても平気だろう。今までだってそうだったし。


「よし。君はここから出る事に不満はないか?」


「どっちでもいい」


 そう言ってボーッとしている少女。


「なら一緒に行こうか。残りの食料は全部自分で食べてくれ。無理せず好きなタイミングでな」


 散らかった荷物を二人で仕舞いながら言うと、少女は手を止めてこちらを見た。


「どうしてあなたは奪わないの? わたしを殺せばお金も食料もあなたの物」


「そんなこと――っ!」


 するわけない。そう言おうとしたが、そんな事をする人間がいたからこの子の今の考えがあるんだ。

 辛い過去を思い出させる事になるだろうが、もう聞かずにはいられなかった。


「なぁ……君に、何があったんだ?」


 少女は特に表情を変える事なく話し始めた。


「わたしとお父さんとお母さんは村から逃げた。リベルタに行くことにしたけど、その途中で十人くらいの人間の群れに襲われた。捕えろとか売り物だとか言ってたけど、戦いが長引いて父さんも母さんも殺された。そのあと、気付いたら人間たちがみんな死んでた。多分わたしが殺した。わたしは一人でリベルタに行くことにした。お父さんとお母さんがなろうとした冒険者になろうと思った。人間たちが持ってた荷物からお金と食べ物だけ盗んで歩き出した。暫くしたら何かに吸い込まれて、気付いたらここにいた」


 あまりにも説明不足だと思ったが、多分この子自身よくわかっていないんだろう。俺は想像で補完した。

 この子の村では、獣人種は良い扱いをされなかったのだろう。だから不作か何かの影響で貧しくなった村から追い出された。

 リベルタっていうのはゴブ太からも聞いた事がある。ゴブ太がこの迷宮に落ちた時に、一番近かった街の名前だ。そこで冒険者として生きる為に移動。その道中で人攫いに出会い、捕えられそうになったと。だが、この子の両親が人攫いの予想より強かったのだろう。捕えることが困難になり、結果として殺す事になった。


 非道い話だ。世界が違うだけで何故こうも残虐さを増す? 

 種族が違うからか? 暴力が日常的な世界だからか? 

 それだけの事でこんな幼い少女からたった二人の家族を奪うなんて――それも目の前で。

 本当に腐った世の中だと思う。

 話を聞いているだけで怒りが湧いてくる。

 こんなことが赦されていい筈がない。


「今は、まだなにも信じられないだろう。この世の全てが恨めしいかもしれない。でも、これだけは覚えておいてくれ。全ての人間が敵ではない。君の味方は必ずいる。少なくとも俺はその内の一人だ」


 俺はかつて母がそうしてくれたように、弱った子どもを優しく抱きしめた。

 あの時の俺には支えてくれる家族がいた。

 けどこの子にはもう誰もいない。

 ならばここにいる俺がそうしてあげるしかないじゃないか。

 味方なんて言葉は無責任だと自分でも思う。俺はこことは別の世界に帰らなくちゃいけないんだ。いつまでもこの子を見守ってあげられるわけじゃない。

 それでも知ってほしかった。一人じゃないってことを。


「ミーシャ。わたしの名前」


 腕の中で呟いたミーシャ。そういえばお互いの名前すら知らずに話していた。


「俺はリュートだ。よろしくな」


 コクリと頷くミーシャを見て、恐ろしい事を思い出した。


「あれ……? ミーシャも迷宮の発生と同時にここに来たんだよな? って事は一ヶ月以上もここにいるのか……?」


 精神的に不安定な上に、こんな過酷な環境で長期間暮らすなんて普通耐えられない。生きているのが奇跡なレベルだ。

 そう思ったが少女は首を傾げた。


「わたしがここに来たのは昨日……ん、一昨日かな」


 あれ? 俺がしつこくゴブ太に聞いた話と矛盾が生じたな。

 迷宮の発生時にその場所にあった物、人を呑み込むことはあるが、既に出来上がった迷宮が近くにいる人を呑み込む事はない。

 更に言えば、この世界に転移魔法は存在しない。

 だけど離れた場所にいたこの子がいつの間にかこの迷宮内にいたって事は、それは転移魔法じゃないのか?


「まぁ……考えても無駄か。あと、ミーシャは魔法が使えるだろ? それで魔物と戦ってるのか?」


「どうしてわかったの?」


 ん? 普通はわからないのか?

 最近俺は、固有魔法を使う魔物を見分けられるようになった。魔力の質というか流れというか、自分でも曖昧な感覚だが、魔法を使う奴とはどこか違うのだ。


「日常的に魔物と戦ってる人ならわかるんじゃないか?」


 俺が問うと、彼女は首を傾げた。

 だめだ。俺もこの子も常識を知らなすぎる。


「と、とにかく。俺たちは知らない事だらけだし、早くここから出よう。因みに、どうやって戦っていたか見せてもらってもいいか?」


 俺は立ち上がった。数時間前までの脱力感が嘘のように力が漲っている。やはり食というのは大切なのだ。

 ミーシャが通路の奥に手を向けると、半分に折れた剣が飛んできた。ロングソードというのだろうか。少女が扱うには少し大きすぎる気がするが、多分そんなの問題じゃない。


「剣が浮いてる? 重力魔法なのか? いや、サイコキネシスって言われた方がしっくりするレベルで自在に動かしてるな」


 空中で思うままに剣を振り回す少女は説明してくれた。


「人間たちに襲われた後から出来るようになった。剣はお父さんが使ってた物。最初は折れてなかったけど、さっきの牛からの攻撃を防いだら折れた」


 固有魔法は感情に引っ張られ易い。

 恐らく両親を殺された強い怒りで魔法を暴走させ、眠っていた才能が開花したのだろう。


「その魔法はなんでも自由に操れるのか? 例えば、俺を浮かせたり、自分を浮かせたり出来るか?」


「それは出来ない。誰かが持ってる物を奪うことも出来ない」


 ミーシャは俺のポーチに手を向けたが、ポーチはピクリとも動かない。

 その後、通路の奥に転がっている斧に手を向けると、今度は簡単に持ち上がった。

 っていうか、あれはミノタウロスのドロップ品か。忘れてたな。魔石も回収しておこう。


「重い物は持てないとか、疲れるとかあるか? 最長でどれくらい魔法を使っていられる?」


「魔法で重い物を持つのは平気。剣もリュックも重いから、背負いながら魔法で支えてた。それくらいならずっと使い続けられる。でも、剣を振り回したり、集中しないといけない時は、疲れる」


 身体の力で持てない荷物を、魔法を維持し続けることによって支えていたらしい。中々賢い使い方だな。

 魔力の消費量も戦闘時だけ気を付けていればいいみたいだし、正直すごく羨ましい固有魔法だ。


「よし。じゃあこの迷宮内では俺が前衛で魔物と戦うから、ミーシャは後ろから援護してくれ。あ、その斧は使っていいぞ。いけると思った時にだけ斧を振り下ろしてくれればいい。あとは自分の身を守ることに専念するんだ。わかったな?」


 本当はこんな幼い子に戦わせるべきではないと思う。

 だが、この子が自分の意思で冒険者を目指しているなら、それを応援してあげたい。きっとこの迷宮での戦闘経験は役に立つはずだ。

 相変わらず無表情なミーシャだが、俺の言った事をちゃんと理解して頷いてくれている。

 今はそれでいいだろう。

 だけどいつか、この子が憂いなく笑える日が来たらいいと思う。

 そんな世界になれば、残酷な運命に打ちひしがれる子供も減る事だろう。

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