第34話 結成

 

 マナが焼き焦がしたホーンブルをポーチに収納してから、俺たち三人はギルドに向かった。

 今考えると、俺が持ってるポーチは中の物がぶつかり合う事もないし、匂い移りもしない。アランが持ってるアイテムボックスみたいな下処理は出来ないが、魔物の死骸を運ぶくらいなら問題無さそうだ。


 時刻は昼前。中に入ると数人の冒険者達が興味深そうにこちらを見ていた。

 それは受付の奥にいたガイストも同じだった。


「マナの嬢ちゃんじゃねぇか! 久しぶりだなぁ、どうしたんだ?」


「あ、おじさん! 冒険者になりに来たよ!」


 おじさん? 親戚とかそういう意味なのかと思ってレイラを見るが、首を振った。


「ガイストは父さんと母さんと仲が良かったから、幼い頃から私達とも交流があったのよ。そういう人は、このギルドに何人かいるわ」


 そういえばガイストはマナの嬢ちゃんって呼んだけど、キースもレイラの事をレイラ嬢って呼んでたよな。この呼び方をする奴が二人のことを昔から知ってる奴なのかもしれない。


「おいおいマナ嬢。それ、本気か? レイラの嬢ちゃんは認めたのか?」


「えぇ。それと、私とマナはリュートのパーティに入る事にしたわ」


「えぇ!?」


 レイラの報告を聞いていた周囲の冒険者が一斉にこっちを見た。

 皆一様に、「信じられない」といった表情をしている。

 ガイストは俺とレイラの目を見た後、ニッと笑った。


「よし。じゃあ試験だな。おぉい、エモ。いるか? ちょっとこの子の魔法見てやってくれ」


 ガイストの呼び声に応え、エモはどこからともなく現れた。


「……見るまでもないと思うけど。この子は私より潜在能力が高いから」


 エモがマナを高く評価してる事に対し、周りで聞いていた奴らは更に驚いていた。


「じゃあマナ。ちゃちゃっとクリアして来なさい。それと、ギルドの説明はちゃんと聞くのよ」


「わかった!!」


 面倒臭そうにしているエモを引きずって行くガイストに、マナはついて行く。

 見に行かないのか? とレイラに視線を向けると、「貴方と話がしたかったのよ」と答えた。


 俺達はギルド食堂の隅の席に腰掛けた。

 興味深そうに視線を寄越す冒険者達は、レイラが睨んだらそっと離れていった。彼女が『孤高』と呼ばれてる理由がわかった気がする。


「……最初見た時は頭のイカれた奴が来たと思った」


 ……。…………ん? それって俺のことか?


「何だお前、喧嘩売りに来たのか? いくら温厚な俺でもキレちまいそうだぜ!」


 抗議の声を上げるが無言で睨まれる。黙って聞いていろという事か。すみましぇん。


「当然でしょ、登録もしてない奴がギルド中の全員に喧嘩売り始めたんだから、正気を疑うわよ。でも、後から考えてみれば貴方の行動には意味を見出せた。あの時ミーシャは震えていた。怯えてたのね。それを安心させるために暴れたんだろうし、一人で迷宮に潜りたがるのは、仲間を失うのを恐れているからだと気付いた」


 レイラは側を通ったスタッフにお茶を二人分頼んだ。

 直ぐに運ばれて来たそれを飲んでから続きを話す。


「でも、一つだけ理解出来ないのは、どうしてあの迷宮に執着するのかって事。貴方は私やアランみたいに冒険者として高みを目指してるわけじゃないんでしょ? なのにどうして……」


 ガイストは適当な事を言えば誤魔化されてくれたけど、彼女はそうではないようだ。

 それに、俺も共に冒険する仲間を騙したくはない。かと言って、本当の事も言えるはずはない。


「……悪いけど、それだけは言えないんだ。そして、俺たちのパーティは迷宮に入れるようになった時点で目的を達成した事になる。そしたら……俺は冒険者を辞めるつもりだ」


「は……?」


 唖然とした表情のレイラ。

 アランは納得してくれたが、彼はかなり俺を気遣ってくれたのだろう。普通はレイラのように戸惑うはずだもんな。


「待って、意味がわからないわ。貴方の目的は迷宮の攻略ですらないの? 入ったら目的達成って……しかも辞める? それってつまり、災禍の迷宮に入った瞬間このパーティは解散って事? 貴方はその後どうするのよ」


 俺は近くで聞き耳を立てている奴がいないか確認してから、声を落として言った。話してもわからないであろうギリギリの答えを。


「迷宮の中で探し物をするんだ。それはどれくらいの時間がかかるかわからないし、存在するのかもわからない。だから、これは俺一人でやる事だ」


 ミーシャに背負われて迷宮から脱出した時のことを思い出す。

 あの時俺達は黒い穴に飛び込んだ。それによってこの街に転移して来たのだ。

 存在しないと言われている転移が、あの迷宮内には存在している。

 もしかしたら別の黒穴に飛び込めばもとの世界に帰れるかもしれない。フィオナから手掛かりを得られなかったら、もう片っ端から黒穴に飛び込んでみるしか方法はない。


「……わかったわ。私達も貴方の探し物を手伝う。それが見つかったら解散でも引退でも好きにすればいい。でも、貴方が目的を達成出来ないままこのパーティを終わりにするのは許さないわ」


「なっ……お前らには関係ない事だって……」


「関係ない?」


 怒ったような目つきで睨まれる。


「確かに私達は貴方に頼んでパーティに入れてもらった立場よ。でも、だからこそ恩を返したいと思うのは当然でしょ? 皆んな自分の目的の為に、強くなる為に貴方を利用してるんだから、貴方も私達を利用して手伝わせればいいのよ」


 利用なんて悪い言葉を使っているが、それは俺に遠慮をさせないための建前だと思った。


「……そもそも、なんでお前らは……アランもレイラも、なんで俺と一緒に来れば強くなれると信じてるんだ? 二人とも凄い才能を持ってるわけだし、何もしなくても強くなっていけるだろ。しかも、レイラに関しては――」


 俺はチラリと彼女の胸元に視線を向けた。

 これは言うべきか迷ったが、疑問をそのままにしておけなかった。


「魔力を抑えつけてるそのペンダントを外せば、今より出来ることは多くなるんじゃないのか?」


「なっ!? どうしてそれを……!」


 机を叩いて立ち上がるレイラ。その拍子に服の中に隠れていたペンダントが表に飛び出す。トップには彼女の髪色と同じ真紅の宝石が飾られている。

 初めて見た時から思ってた。

 底が見えない程膨大な魔力が静かな海のように落ち着いているのは、彼女の能力だけではなく、外的な何かに抑制されているみたいだと。そしてよく観察してみれば、胸元のペンダントがその役目を担っているのだと気付いた。

 でも、彼女の反応からすれば、それが見えるのは異常なことらしい。もしかしたら魔力の無い世界から来た俺だから、魔力に対して敏感なのかもしれない。


「……まぁ、これも話さなきゃいけない事だし、言うわ」


 そう前置きしてからレイラは酷く億劫そうに、いや、認めたくないと言わんばかりに、口を開いた。


「私には魔力が制御できないのよ。ペンダントを外して戦えば、固有魔法の炎が私の意思に反して暴れ出すの」


「……それって」


「そう、貴方と同じよ。ガイストと戦った時の最後の火属性魔法。あれは貴方の制御下から離れていたように見えた。あれを見た時から、私は貴方に親近感のようなものを感じていたのかもしれない。多分私は、ガイストに言われなくても貴方に近付いたと思うわ」


 ふとギルドの奥を見ると、地下に続く階段からアランとミーシャが上ってきた。二人とも訓練場にいたのだろうか。

 アランはこちらに気付いた様子だったが、俺とレイラが話しているのを見て、その場で待つ事を決めたようだった。


「……はぁ。貴方って人が抱えてる問題をズバズバ指摘してくるのね。私だって魔力制御の訓練はしてるし、いつも方法を考えてはいるのよ。それでも出来ないから悩んでるっていうのに……」


「気に障る事を聞いてしまったなら謝る」


「いえ、寧ろ気付いたって事を知らせてくれて感謝してるわ。それに、貴方はそのままでいい。マナは今の貴方が成長させてくれたんだから……。あの子に才能がある事は知っていたけど、私にはその才能をどうやって伸ばしてあげればいいのかわからなかった。ただ魔導書を与えて、良い指導者がいる学園に進ませる事くらいしか思い浮かばなかったの。でも、貴方と出会ってあの子は変わった。貴方はそれを否定したけど、あの子はリュートがいたから強くなったのよ」


「……」


 返す言葉が思い浮かばなかった。

 地球にいた頃の俺は、人は簡単には変わらないと考えていたのに、そんな俺が誰かの変化や成長に寄与しているなんて信じられなかった。

 でもこれは、嫌な気持ちじゃない。


「そうだね。平穏な時代、停滞期、そんな風に言われてる今の時代だからこそ、リュートみたいな、嵐のような人に惹かれてしまうのかもしれない。人は逆境で成長すると言われているけど、君は目的の為ならどんな地獄にでも飛び込んでしまうようだからね」


 ゆっくりと歩いて来たアランが語る。ミーシャも後ろについている。


「なんだ、来たのか」

「盗み聞きなんて良い趣味してるわね」


 俺だけじゃなく、レイラにまで冷たくあしらわれたアランは少しダメージを受けたようだ。


「……話がひと段落ついたみたいだったから、挨拶しに来たんだよ。レイラもパーティに加わるんだよね?」


「ん? 向こうの冒険者達に聞いたのか?」


 遠くからこちらを伺っている奴らを指差して聞くが、アランは首を振った。


「確かにレイラが固定パーティを組む事を皆んな噂していたけど、昨日嫌味を言われた時から加入する事を予想していたよ。あれはリュートの人となりを知りたくて探りを入れたんだよね?」


 そうだったのか? と視線を向けると、バツが悪そうに答えた。


「えぇ、そうね。昨日は悪かったわよ。それから、二人もよろしく。これから迷惑かけるかもしれないけど……変われるように努力するわ」


「迷惑? 何のことだ?」


 俺が口にした疑問に被せるように、ギルドの入口辺りから声が聞こえて来た。


「へぇ、本当に孤独のレイラがパーティ組んだのか! 今度はいつまで続くかな!」


 その言葉にゲラゲラと笑ってるのは、本人を含めて四人だ。初めて見る奴らだな


「おい、やめろよベン。自分達のパーティに合わなかったからってそこまで言うか?」


「合わなかった? そんな言葉で片付けるなよオッサン! 協調性皆無、傍若無人。あいつがそこそこ強いのはわかるけどよ、一人で突っ走った挙句、俺たちに言った言葉は『やる気がないなら誘わないで』だぜ? 連携も考えずにお前が前に出てるのが悪いんだろって話だよ」


 このギルドにはレイラの味方をする奴もいるみたいだが、それがベン達の怒りを更に強くしていた。


「おい、お前リュートっつったよな。俺はお前の事は評価してるんだぜ? ギルマスの盾を壊したって話聞いた時は凄い奴が来たと思ったぜ。その上、新星のアランまで仲間に入れちまってよ。でもその女を仲間にするのはやめた方がいい。これは先輩からの忠告だ。『孤高』なんて二つ名で呼ばれて調子に乗ってるんだろうけどよ、俺から言わせれば、他人と協力出来ない『孤独のレイラ』なんだよ。力ぶっ放して、敵を屠るついでに仲間まで火傷させちまう危険人物だ。そいつとパーティ組んだ奴らは皆んなそう言ってるぜ?」


 視線をレイラに戻すと、彼女は特に気にした様子もなく「事実よ」と答えた。

 確かに彼女は周囲から少し浮いているが……。


「お前が何を考えて騒いでるのか知らないけど、自分達の弱さを曝け出してるようにしか見えないぞ? レイラが強いからパーティに誘った。でも強すぎてついて行けないから、レイラに非があるって事にして悪口言ってる。俺にはそう見える」


「なっ!? てめぇ、人が親切に忠告してやってるってのに……」


「何が親切だ。先輩風吹かせたいなら、美味しい飯屋を教えてくれたが方がよっぽどありがたいぜ」


「チッ、クソ生意気なガキめ。今に見てろ、俺たちの言ってることが正しいってすぐにわかるからな!」


 捨て台詞を吐いて去って行くベンを見ながら、レイラは言う。


「さっき私が言ってた迷惑っていうのはその事よ。私は何度か色んなパーティに誘われて依頼に行ったことがあるんだけど、どのパーティも合わなかったのよ。効率の悪いやり方を見てたらもどかしくって、リーダーの指示に背くことが何度もあったわ。それに、私の戦い方だってそうよ。私の魔力は周囲を巻き込み過ぎる。例えこのペンダントをつけていたとしても……」


「でも、レイラは力を使いこなす為に悩んでる。強くなる為に俺たちはパーティを組んだんだから、その悩みを共有して一緒に解決していくのもまた、パーティの役目だろ? それにまぁ、迷惑なら俺のほうがかけるだろうしな」


 そう言ってアランを見ると苦笑いをしている。


「はは。確かに君の常識外れな言動は、時に問題を生みそうだからね」


「そういう事だ。ついでに言うと、俺は新人冒険者なんだ。レイラが依頼を効率的に進めようとしてくれるなら、俺はそれを見て学ぶことが出来る。ありがたい話だ」


「――――」


 口元を僅かに動かしたレイラが何を言ったのか聞き取れなかったが、それを聞き返す暇もなく足音がこちらに向かってきた。

 視線を向けると、エモとマナを引き連れたガイストが戻って来たらしい。その背後には観戦していた冒険者が数名いる。


「……子供の成長は早いもんだな」


 俺たちが座ってるテーブルまで来たガイストがしみじみと呟いた。


「そのセリフ本当にただのオッサンにしか見えないぞ」


 俺が教えてやると、「うるせぇ!」とガイストが吠えた。


「まぁとにかく、マナ嬢はソロランクDだな。ホーンブルも倒したんだって? あとで解体屋に持って来てくれ。んで、お前らのパーティについての話は明日だ。適当な時間にギルドに来い」


 ガイストはそれだけ言い残して奥に戻って行った。


「えっと、二人がししょーの仲間さん? マナだよ、よろしくね!」


 戻って来たマナがアランとミーシャに挨拶する。二人とも簡単に自己紹介した後、アランはハッとしたように言った。


「毎朝用事があるって言ってたけど、マナちゃんの修行のことだったんだね。ということは、これ以降は遠出の依頼なんかも受けられるって事かい?」


「あぁ。でも明日はガイストに呼び出されてるし、もう自分達で依頼を受ける機会は殆どないんじゃないか?」


「それもそうか」とアランは頷き、時計を見た後に提案した。


「ところでリュート。美味しいお店を知っているんだけど、新たなメンバーを迎えた事だし、そこでお昼でもどうかな」


「……お前、さっき俺がベンに言ったこと聞いてたのか……。なんか癪だから、お前の事は先輩とは呼ばないからな」


「それは残念だ。先輩風を吹かせるチャンスだと思ったのに」


 そういうわけで、俺たちはアランの案内で場所を移動する事になった。

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