第35話 泡沫の夢
アランの案内でやって来た木造家屋は、どことなく昭和の日本っぽさを感じた。
「いらっしゃいませ」
引戸を開けたアランに続いて入ると、この世界で初めて見る黒髪の女性に迎え入れられた。
彼女の目は緑色だが、その顔付きは日本人みたいだった。
古民家の様な店内に入ると、俺に気付いた黒髪の女性は驚いた様な顔をした。
「も、申し訳ございません。貴方様の様な尊いお方がいらっしゃると知っていれば、店主が腕によりをかけて万全のおもてなしをさせて頂いたのですが……」
え? 人違いでもされてるのか?
アランの方を見ると、彼も驚いていた。
「えっと、多分人違いだぞ。俺はただの田舎者だから、俺のことを知ってる奴なんて数えるくらいしかいない」
そう言ってみるが、女性は戸惑うだけだった。
「ま、まぁとにかく僕らの事は単なる客として扱ってください」
アランのフォローが入って漸く落ち着きを取り戻した女性は俺たちを奥の席に案内してくれる。
床は石畳で、靴を脱ぐ必要はなさそうだ。
木の椅子とテーブルが少し古めかしくて雰囲気がある。
「貴方、本当にただの田舎者なの? あの人の反応を見れば、シマドの王族だって言われても納得出来るんだけど」
シマド……王国? それがこっちの人達が言う『東方』なのか?
まずいな、東方出身という設定なのに、東方のことを知らなすぎて怪しまれるか? こんな事なら記憶喪失って事にしておけばよかった……いや、それじゃあ迷宮にこだわるのは不自然か。
「まぁまぁ。あまり素性を探るような事はよそう。それがこのパーティの決め事でもあるし……だよね?」
アランの助け舟だ。こいつは神だな。
「そうだな。人数も増えたし、もう一回このパーティのルールについて話しておくか」
話す前に店主の男が来た。彼は髪も瞳も茶色で、東方人っぽくはない。だけど俺たちに丁寧に挨拶してくれた。
そこで注文を済ませてから話を始める。
まず、このパーティの最終目標は災禍の迷宮に入る事。それが叶えば解散となる。
だが災禍の迷宮に入るにはパーティランクSになる必要があり、その為にガイストが俺を特級冒険者に認定し、一年ほどの経験を積ませると言ってた事。
そして報酬の分配方法は半分がパーティ資金で、もう半分を山分けになる。パーティ資金は宿、食事、ポーションや装備などの必要物資を購入する為のもので、管理は俺がする事になった。
その他細かい事だが、仲間の秘密を探ろうとしない事や、休日は少なくとも一週間に一日は取る事を決めた。依頼の都合で不可能な場合は、終わった後に長く休む事にした。
「まぁ細々と言って来たけど、一番大事な決め事は別にある。とにかく死なない事だ。皆んな、もし危険な時は自分の身を守る事だけに専念してくれ。逃亡が可能なら即座にそうしてくれ」
俺が言うと、レイラが胡乱げにこちらを見た。
「貴方はこのパーティのリーダーなんだし、自分で言った事は率先して守るんでしょうね?」
レイラもミーシャも勘が鋭くて困るな。
俺は故郷に帰りたいと思っているけど、その道半ばで死んでしまっても「仕方ない」とも思っている。こんな危険な世界で頑張って生きて、それでも死んでしまったのなら、きっと家族も許してくれる筈だ。
だから自分の目的に固執して仲間を見殺しにするつもりは毛頭ない。
「そのつもりだ」
けどそれを話したら彼女達も決め事を守らなくなるだろう。
だから俺はこの世界に来て何度目になるかわからない嘘を吐く。
丁度良いところでさっきの黒髪の店員が料理を運んで来た。
人数分のお盆にはそれぞれ蕎麦と天ぷら、それに煮物やお浸しなど小鉢もついている。
なんだか懐かしい香りがすると思っていたが、異世界に来て和食が食べられるなんて驚いた。
「な、なぁ、もしかしてここには味噌や醤油があるのか?」
「えぇ。当店は東方料理を売りにしていますので、どちらも上質な物を仕入れています」
仕入れてるってどこからだろう?
何度かギルドに行く途中で買い物してるけど見た事ないぞ。
「それって商業関係者じゃないと買えない物なのか?」
「いえ、中央市場から離れて街の北側に行くと海の外の特産品を扱っている店がいくつか並んでいまして、主人はそこで東方の食材を仕入れています」
北か……この街は広いからそっち方面までは探索出来ていなかったな。これは買いに行くしかない。
話が済んでから俺達は揃って食事を開始した。
「これ、おいしいよ! ししょうの国にも行きたいね!」
拙く蕎麦をすするマナはお気に召したようでニコニコしてる。その隣でミーシャも満足そうだ。
「よくこんな店知ってるな?」
アランに聞くと、
「東方の料理って甘味を含んでいるから好きなんだよね」
と答えた。彼は甘党なんだろうか。
レイラも「天ぷらって考えた人天才よね」なんて呟いているし、東方料理は結構ウケが良いらしい。
食事を終えた後に店主が食器を下げに来た。
「お食事はお気に召して頂けたでしょうか」
少し不安げな様子で問い掛ける男に頷いた。
「故郷を思い出す味だったよ。アンタは東方人じゃないのに凄い完成度だな」
「……? 自分も一応、生まれも育ちも東方なので、料理の味はわかってるつもりです」
え? どう見ても東方人っぽくないと言うか、この街の住民達と似たような顔立ちだけど……。
「そ、それは失礼した」
非礼を詫びたところでデザートが運ばれて来た。
餡子と白玉のシンプルなあんみつだ。
マナとアランが顔を輝かせているのを見て、二人が甘党なのだと確信した。
店主達が去ってからレイラが再び胡乱げにこちらを見た。
「貴方ねぇ……東方人は皆んな黒髪だとでも思ってるの? というか貴方が住んでたのはそんな場所だったの?」
さっきの店主との話を掘り返して来たな……。
「……他の所は違うのか?」
恐る恐る訊ねてみると、「常識知らずってレベルじゃないわね」とため息を吐かれた。
「シマド王国が隣国のラージュ王国と国交を結んで何百年経つと思ってるのよ。造船技術だってもうずっと昔から向上し続けているし、海を挟んでいるとは言え物資だけじゃなく人の行き来が多くなるのは当然でしょ」
つまり現代の東方人の殆どには、外国の血が混じってるって事か。
「でもそうだとしても、別の血が混じったのは何十世代か前からだろ? 何百世代も昔から続いてた東方人の血はそんな簡単に薄れちゃうのか?」
この世界の歴史について知らないけど、レイラの話からするとシマド王国は海を渡らないと行けないらしい。
となると、船がない時代はずっと東方人だけの血が続いて来た筈だ。それが簡単に薄れてしまうのだろうかと疑問に思ったが、レイラは迷わず即答した。
「薄れるわよ。血の濃さっていうのは種族の希少性によって変わるの。同じ人間同士であっても、繁殖力が低くて数が少ない東方人の血は薄く、繁殖力が高くて数が多いエルゼア大陸人の血は濃い。だから東方人の特徴である黒髪黒目は今では珍しいものとなったのよ」
そう言えば血の濃さについての話はゴブ太にも聞いたな。
それこそが彼の生まれに関する核となる話だった。
「じゃあ先祖返りはどうなんだ? 例えばエルゼア大陸人の子供が、遠い祖先の東方人の血を蘇らせて黒髪黒目になったら、その子の血は百パーセント東方人のものだって事になるのか?」
俺の質問に、レイラは心底驚いたような表情をした。
「知識の偏りが凄いわね……アランは先祖返りについて何か知ってる?」
「え? ううん。恥ずかしながら僕は、君達が血の濃さについて話してる所からずっと知らない話だったよ。勉強になるね」
色んな事を知っていそうなアランが知らない話をしていたとは驚きだ。
遺伝とか先祖返りとか、そういう話は一般的じゃないのかもしれない。まぁ俺だってゴブ太に聞かなきゃ考えもしない事だったしな。
「さっきの質問だけど、答えは『ならない』ね。例え先祖返りで完全な東方人の見た目の子が生まれたとしても、両親、あるいは他の祖先が別の血を有していれば、その血はちゃんと混じっている。先祖返りっていうのは、遠い祖先の特徴が現れるだけで、その祖先の血だけを受け継ぐものではないのよ」
そうか、考えてみれば当然だよな。
ゴブ太は先祖返りで人間の特徴を現したが、その姿はゴブリンだった。それはゴブリンの血と人間の血が混じっている証拠だ。
……それにしても、なんでレイラはアランが知らないようなマイナーな知識について詳しいんだろうか。
「おねーちゃん、食べないならもらっていい?」
「……いいわよ」
まぁいいか。
姉から貰ったデザートを隣のミーシャと分け合うマナを眺めてると、アランが口を開いた。
「そういえばパーティ名はもう決まっているのかい?」
「……えっ? それ必要か? 臨時パーティとか特級パーティとか呼ばれれば俺達の事だってわかるだろ?」
「臨時だとしても、そのパーティが活動している間はパーティ名は必要だよ」
そう言われて悩む。
俺はゲームをする時、毎回主人公を『村人Z』と名付けていたし、ギルドシステムのあるゲームでは、ギルド名を『ハブられた者の終着点』と名付けるようなふざけたプレイヤーだった。
そんな俺にネーミングセンスを期待されても困るというものだ。
捨てられた子犬のような目をしてアランを見ると、苦笑しながら「君が決めた名前なら僕はなんでも構わないよ」と言ってくれた。代わりに決めてくれたりはしないのか。
マナとミーシャは期待するような目でこちらを見てるし、レイラは傍観者気取りで助けてくれない。
仕方ない、真面目に考えるか。
俺が今まで聞いてきたパーティの名前は、マルス達の『羽獣の羽根』や、ガイストの昔のパーティ『暁の宴』くらいだ。
つまり『ナントカのナントカ』ってのが主流なんだな。
そしてこのパーティに集まったのは災禍の迷宮に入ってくれる変わり者達。
「じゃあ『狂人の集い』なんてどうだ?」
「……」
「かっこわるーい!」
「狂人は貴方だけでしょ」
「うん、考え直そうか」
くそ、約一名には悪口を言われた気がするし、アランはなんでもいいと言ったくせに拒否しやがった。
「ちょっとくらい真面目に考えなさいよ。貴方が思うこのパーティってどんなものなの?」
「真面目にって言ってもな……。そもそも俺はまだお前らと出会ったばかりでよく知らないし」
俺がふてくされると、レイラはようやく助言をくれた。
「こういうのは直感でいいのよ。無理に考えようとせず、感じた事を言えばいいわ」
そう言われて、一度頭を空っぽにしてから四人を見た。
今俺がここに、この四人と共にいる事は、不確かな現実みたいで、いつか醒めてしまいそうな朧げなもののように感じた。
「泡沫の夢」
ふと頭に浮かんだ言葉だった。
俺はいつか帰らなければいけない。
だから今この世界で過ごしている時間には限りがあって、過ぎれば二度と戻らないし、例えどんなに望んでもこの四人に再び会うことは出来ない。
それはとても儚い夢のようだと思った。
「
「僕は良いと思うよ。目標を達成したら解散してしまうこのパーティを『泡沫』に例えるのは良いセンスだと思うし、何より僕らが見る『夢』と言うのはいつも幸福なものである筈だ。つまり、これは願掛けの意味も含まれているんだよね? 過ぎ去った後で振り返ると、儚い幸福の夢であったと思えるような、そんな日々を過ごせるように。僕にはそう感じられたよ」
「さすがアラン! 俺はそこまで考えてなかったぜ!」
「貴方ねぇ……。でも、そういう解釈なら良いわね。気に入ったわ」
「わたしも、それがいい」
「なんか冒険者っぽくなってきたね!」
四人とも気に入ってくれたようで何よりだ。
明日はガイストに呼び出されている。多分俺たちの冒険が始まるのだ。
今までずっと帰ることしか考えていなかったが、この世界を旅できる事にどこかワクワクしている自分がいる。
困難で険しい道なのは明らかだ。
上手くやっていけるか不安もある。
それでも、迷宮で独り取り残された時にはなかった仲間の存在が、俺に勇気を与えてくれているのは間違いなかった。
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