第10話 ひとりぼっち迷宮

 

 俺が何をしたって言うんだよ。

 あの時はそう思って世界を恨んだが、よく考えてみれば俺は何も出来なかったんだ。

 何も出来ないからゴブ太は死んだ。

 俺が弱いせいだ。

 それに気付いたら、自分に腹が立ってきた。

 何も出来ないくせに「俺とゴブ太ならここから出られそうだな」なんて言って笑っていたあの頃が憎い。


 俺が何を考えていても、何をしていても、ここの魔物は俺を見つければ襲いかかってくる。

 飛びついてきたコボルトを俺は炎の矢で撃ち殺した。

 ドロップ品は魔石だけか。それを拾ってゴブ太のポーチに入れる。

 あの時に残ったのはゴブ太の魔石とこのポーチだけだ。

 迷宮からしてみれば、これは単なるドロップ品なのかもしれないが、俺はこれらを形見として大切にする。


 形見と言えば、ゴブ太が言っていた受け継ぐ者、マギアテイカーとやらは本当に俺の固有魔法みたいだ。

 多分最初に魔法を使えるようになった時、近くで属性魔法が使える誰かが死んだんじゃないだろうか。その霊魂から魔法を受け継いだとか、そんな感じだろう。おそらく、それがあの少女だと俺は推測した。

 それに、ゴブ太を目の前で失ってから、俺は自分の地魔法が強化されている事に気が付いた。

 トン、と片足で地面を叩き、身体の中心から地中を伝い、敵の足元で魔力を収束させる。

 そこから土の棘が飛び出し、十メートル先の巨大な芋虫を貫いた。少し前まではこれほど早くて威力の高い魔法は使えなかった。間違いなくゴブ太の力の一端を受け継いでいる。そのことが寂しいようで、心強いようでもある。

 ただ、それと同時に恐ろしくもある。

 俺の固有魔法は『受け継ぐ者』なんて名前を付けられているらしいが、その本質は『奪うもの』だろう。

 魔物、或いは人を殺してその力を奪う。この力とは、固有魔法に限らず、魔力の総量の様なものも含まれる。ゲーム的に言えば、レベルアップの為の経験値が常人より多く入る様なもの。

 つまり、殺せば殺すほど強くなる魔法だ。


 ゴブ太が死んでから、多分一週間くらい経った。

 俺は最近、魔物を殺すことに抵抗を感じなくなった。

 殺さなければ殺されるし、強くなるために必要なことだから、悪い事じゃないのかもしれない。

 でも、俺は強さを求めていつか人まで殺してしまったりしないだろうか?

 そんなことはしないと今は言える。

 だけど、それは状況によって変わる。

 もしもゴブ太がまだ生きていて、近くに神聖魔法の使い手がいたとしたら、俺はそいつを殺して魔法を奪い、その魔法を使ってゴブ太を救おうとしていたかもしれない。


 いや、今更そんな事を考えても無駄だ。

 失った人が帰って来ないのはよく知っている。


 そういえば、研究者は何故マギアテイカーを探しているのだろうか。

 やはり危険な魔法だからか?

 強さを求めて殺人鬼になったマギアテイカーを排除する。考えられる話だ。

 でもゴブ太は研究者を信じていた。話を聞く限りだと、合理性を追求した無感情な研究者って感じだったけど、俺のイメージ通りの人ではないのかもしれない。

 ともかく、ゴブ太の頼みだから研究者を探して会いにいくのは確定だ。ただ、俺の事はあまり話さないでまずは様子を見るべきかな。


 こんな事を考えている間にも俺の足は一歩ずつ、外に向かって進んでいる。

 まずはここから出なければ何も始まらない。

 俺の最終的な目標は、生きて家族の元に帰る事だが、まずは迷宮から出て、地球に帰る方法を探さなければいけない。

 だから上を目指す。


「くそ、魔物が多いな……」


 もう何階層上ったか覚えていないが、地上には大分近づいているんじゃなかろうか。魔素濃度も少しずつ薄くなっている。

 それでも、この迷宮では当然の様に強い魔物が上層を歩いていたりする。

 どこに行っても気が抜けないのが迷宮だ。


 通路の先に大部屋が見えた。中にいる魔物はざっと十体、全てオークだ。ただ、一体だけ他より二回りも大きい。体長五メートル程か。あいつだけ槍を持っている。俺より遥かに大きいとは言え、ゴブ太と戦った蛇よりマシだな。

 だが、今の俺は一人。

 倒せるか?

 いや、やるしかないな。

 自問自答を速攻で終わらせて歩き出す。

 迂回路を探す体力も惜しい。俺はここ一週間何も食べてなかった。食糧のドロップ品も落ちず、セーフエリアも見つからなかったのだ。

 部屋の前まで歩くと、中で寝ていた小柄なオークが俺に気付いた。

 無防備を晒しているのは余裕の表れか。

 馬鹿な魔物で助かった。


「美味しく焼けてくれ」


 いくら空腹で体力がなくても、魔力だけは無尽蔵にあった。

 俺は部屋の中に両手を向けて、ありったけの魔力を込めた炎を放った。

 中から沢山の豚の悲鳴が聞こえる。

 死体が消えるのは非常に不服だが、迷宮の仕様だ、仕方ない。だがせめて、こいつらの一体くらい肉を落として欲しいものだな。

 悲鳴が一つずつ消えて、気配がどんどん消えていく。

 だが、俺が放っていた炎が突然逆流してきた。


「ブモォォ!」


 槍を持った巨体のオークが一体、突進してきた。

 魔法を止めて左に跳ぶ。


「いった……風の固有魔法か?」


 槍は完全に避けていたが、周囲に纏った風魔法が俺の右肩を斬り付けていた。

 俺のジャージももうボロボロだな。血と泥に汚れて切り傷だらけ。

 まあいい。致命傷ではない。

 俺は即座に大部屋の中へ逃げ込む。転がっている魔石は九個。デカいオーク以外は倒したみたいだな。

 だが肉は落ちてない。くそったれ。

 オークが再び槍を構えて、通路の中から大部屋の中へと突進してくる。

 部屋が広い為、俺は余裕を持って槍と、その周囲の風魔法を躱せた。風魔法は視認しづらいが、相手が使うとわかっていれば落ち着いて対処出来る。


「ブモォォォオ!」


 オークは怒りの形相で槍を振り回す。その度に風の斬撃が飛んでくるが、氷の障壁を張ることで全て防いだ。

 魔法が通用しないとわかると、再び突進してくる。攻撃パターンの少なさは知能の低さ故か。


氷の棘アイスニードル


 硬く作り上げた氷の壁に手を触れ、形を変えてやる事で氷の棘を作り出す。それを一直線に走ってくるオークの額目掛けて放つ。

 突進する力と魔法を放つ力が合わさったお陰か、棘は簡単に豚の頭部を貫き、オークは間も無く絶命した。


「恨むならこの世界を恨んでくれよ……俺だってこんな地獄に来たくなかった」


 最期の瞬間まで俺を睨んでいたあの目を思い出して、思わず呟いた。

 俺は殺戮と略奪を繰り返して生きている。でもこれは俺がしたいからじゃなくて、そうしないと生きていけないからだ。

 この環境を地獄と呼ばずになんと呼ぶ?


 オークが消えた場所には魔石と、奴が持っていた槍が残されていた。

 初めて武器を手に入れたが、今欲しいのは食糧だ。

 俺は舌打ちしながら槍をポーチに突っ込んだ。体力が無い今の状態で武器を扱えるとは思えなかった。自然に回復する魔力で戦う方が合理的だろう。


「今日は終わりにするか……」


 一人呟いてから、大部屋の入り口と出口を土魔法で塞ぐ。

 ゴブ太と寝る時はいつもこうして魔物が入って来れない様にしていた。

 部屋の中で魔物が湧くこともあるらしいが、そういう場所の天井には魔法陣の様な紋様がある。この部屋にはそれが無い為安心して眠れる。


 俺は服を全て脱ぎ、水と火属性の魔法を操作して温水を作り、それで身体と衣服を洗った。

 その後火と風属性の魔法を操作して、温風で身体と衣服を乾かす。

 体の傷も多くなってきたし、不衛生なままでは病気になってしまいそうだ。

 しかし衣服のダメージも酷いものだ。

 俺は戦闘時、衣服にも魔力を通して耐久性を上げる様にしている。肉体を強化するのと同じ方法だ。

 だが、ジャージは自分の肉体ほど魔力の通りがよくない。寧ろかなり通りにくいと言える。そのせいで自分の魔法でも傷つき、戦闘で傷つき、防御力はもう限りなくゼロに近い。


「ここから出たら、まずは服買わなきゃ……いや、それより飯か。異世界の飯は美味いのかな」


 あとどれくらいでこの迷宮から出られるのかはわからない。

 もしかしたらまだまだ遠いのかもしれない。

 それでも明るい未来を想像しながら毛布に包まる。

 幻想に縋って、幸福を夢想して、自分を騙し続ける。

 そうでもしないと、俺は生きる事を諦めてしまうだろうから。

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