第4話 魔拳士ゴブ太
「なるほど、謎の研究者が住む街から旅立って三週間で、突然迷宮に落ちて来たと……」
「突然、暗くなって、気付いたら迷宮だった。多分、新しくできた迷宮だ。偶然オデがいた所に、迷宮ができた。だからオデ、落ちた」
「え? 何それ怖っ。この世界って落とし穴みたいにポンポン迷宮が作られるのか?」
「ポン……? いや、新しい迷宮できたのは、数十年ぶり。オデの、運が悪かった」
ゴブ太のこれまでの話を聞いて、この世界のことが少しずつわかってきた。
ここは剣と魔法のファンタジー世界で、冒険者が魔物を倒しながら生活している。
迷宮について詳しく聞きたい所だが、気になる事がある。
「なあ、迷宮に落ちる時ってどんな感じだった? なんか、渦に吸い込まれる様にグルグルしてた? あと、迷宮の入口って複数あるものなのか?」
ゴブ太の話を地球に当てはめれば、俺の家の玄関前に迷宮の入口ができた事になる。なにせ俺もゴブ太みたいに迷宮に落とされたからな。
「渦? いや、ただ落ちただけだ。それに、入口も普通一つだ」
俺が感じた吸い込まれる様な感覚はなかったらしい。入口も一つか。
となると、地球に迷宮が出現したんじゃなくて、俺だけが異世界転移したって事か? 誰の仕業か知らないけど、転移させるならもっと平和な場所にしてくれよ……。
「リュート、困ってるなら、研究者に会いに行けばいい。彼女なら、なんでも知ってる。元の世界に帰る方法、見つかるかもしれない」
ゴブ太は研究者を尊敬しているんだな。
さっきの話も、ほとんどが研究者と過ごした日々の話だった。
しかしなぁ。
「ゴブ太はさっき、俺が出した食べ物を珍しいって言っただろ? 俺がいた世界には他にも色んな珍しい物があるんだ。だから俺が異世界人って事も、異世界の存在さえも、隠しておきたいんだ。新しい物や、豊かな土地、未知の技術なんて、争いの元だろ? 俺がいた世界は平和だったから、この世界の人が攻めて来たら簡単に滅ぼされてしまう」
話を聞く限りこの世界の文化レベルも低くはなさそうだが、魔法で発達した世界と科学で発達した世界じゃあ何もかも違うだろう。こういう所に争いの種が潜んでいるのだと、俺は知っている。
「そ、そうか……。オデ、そこまで考えられなかった。すまん」
「いや、当然さ。俺が考えすぎって可能性もある。でも一応、俺のことは秘密で頼むな。地球には大事な家族や友人がいるから、滅ぼされたくないんだ」
まぁ死んでも構わない奴の方が沢山いるけどね☆
「でも研究者に会いに行くのは賛成だな。今のままじゃ帰る方法もわからないし。ゴブ太、一緒に行ってくれるか?」
俺は今の所戦えない。だからゴブ太がいてくれれば――いや、ゴブ太がいなけりゃ生きていけない。
どうか頷いてほしい。そんな願いが届いたのかはわからないが――
「ああ! 一緒に行こう!」
ゴブ太は笑ってそう言ってくれた。
とはいえ、ゴブ太の体内時計は眠る時間だと訴えているらしい。俺は興奮して眠くないが、明日のために頑張って寝よう。そもそも、地球でも今は夜だったしな。
ゴブ太は手を地面につき、土の壁を作った(!?)
それで今いる小部屋の入り口を塞ぐと、ポーチから毛布を二枚出した。
「マジで魔法だ……」
ゴブリンが存在している事も驚いたが、魔法はもっと衝撃的だ。俺も使える様になりたい。
あとあのポーチも凄いな。見るからに小さいのに、大人一人包めそうな毛布が二枚出てきたぞ。あれが研究者からの報酬か。
「り、リュート。質問は、明日答える。この毛布使って、ゆっくり休め」
好奇心が抑えきれずガン見してしまったせいか、ゴブ太が苦笑している。
「仕方ない、じゃあ、おやすみ」
「ああ!」
まさかゴブリンとおやすみの挨拶を交わす事になるなんて、夢にも思わなかったな。
俺の日常は唐突に壊れて、常識が非常識に塗り潰された。
これから何が起こるのだろうか。
恐怖や不安が絶えず湧き上がってくる。
別れ際に見た妹の表情が忘れられない。
俺はいつも家族を心配させてばかりだ。
ちゃんと五体満足で家に帰りたい。
その為に毎日を生き抜こう。
きっと明日から魔物と戦う事になる。
ゴブ太だけに任せていてはダメだ。
強くなって、自分で自分の身を守れる様になろう。
そんな決意と共に、眠りについた。
翌朝(多分朝だろ)目を覚ますと、隣でゴブ太がノートを眺めていた。
「おはようゴブ太。何読んでるんだ?」
「おはよう、リュート。これ、研究者が書いてくれた、植物図鑑。迷宮だと、食べ物少ないから、これ見て食べ物探す」
ゴブ太は迷宮暮らし四日目だと言っていた。
つい最近ここに落とされたばかりなのに、順応力が高いな。
「俺には読めないな……」
ノートを覗き込むが、そこに書いてある文字は全くわからない。ゴブ太も文字は教わって習得したと言っていたし、言語がわかるのは話し言葉だけらしい。
「文字、教えようか? オデもあまり、上手くないけど」
確かにこの世界の事を知る上で、文字は大事かもしれない。帰る方法を探すときに、沢山の文献を漁る必要があるかもしれない。
「教えて欲しいけど、優先順位としては戦闘方法が先かな。なあ、俺も魔法使えないか?」
そうだ、昨日ゴブ太がやってたみたいに土を操作できないかな?
実は俺、気づいた事がある。
この迷宮に落ちてすぐに、空気が濃いと思った。だがそれは空気などではない。これこそが魔力なのだ!
このエネルギーを操作できれば魔法も使えるはず。
「ふんぬ! 聳え立て、アースウォール! おい! ちちんぷいぷい土の壁! ほら! 動け! 俺に従え!」
あれ?
何度力を込めても上手くいかない。
「……えっと、リュート。今はまだ、魔法使えない。人間は普通、精霊魔法を使う。その為には術式か、詠唱を知らないといけない。すまん、オデどっちも知らない」
……。
「いいさ、うん、わかっていたし。研究者との話でもそんな事言ってたよな。べ、別に落ち込んでなんかないんだからねっ!」
「あと、魔力には、精霊が好む属性がある。リュートの魔力が、どの精霊にも好かれなかったら、魔法使えない」
「うわあぁぁ!」
そんな現実認めない! 俺は魔法使いになるんだ!
「ま、まぁ、魔力には、魔法以外の使い方も、ある。特に、身体能力の強化なら、修行すれば成果が出る……あれ? そういえば、リュート。お前、魔力無い世界から来た。リュートにも、魔力無いんじゃ……す、すまん! そんな哀しい顔、するな! まだ、わからない! とりあえず、戦いに行こう!」
優しいゴブ太に励まされながら、俺はとうとうこの小部屋から出る事になった。
迷宮内は薄暗い。逆にいえばほんのり明るいわけだが、なぜ地下空間に明かりがあるんだ?
「不思議な場所だなぁ……」
「当然だ。研究者でもわかってない事が、沢山ある。でも、あの人、迷宮は水の様だって、言ってた。海の水は、ジョーハツして、雲になり、雨が降る。それと同じで、この大地に生きる全ての生命が、魔素を生み続け、地脈に溶け込む。そうして増えすぎた魔素が行き場をなくし、迷宮を形作る。迷宮の中でも、魔素は循環し、アイテムを創り出す」
「ちょっと何言ってるかわからない……」
「大丈夫だ、オデもわかってない」
そう言って快活に笑うゴブ太。内容は理解してなくても、言葉を覚えてるって事か。結構記憶力良さそうだな。
しかしアイテムか……。
「ん? 待てよ……じゃあ迷宮内にはお宝があるのか!?」
「ある、筈なんだけど、オデはこの三日間一度も見つけてない」
「結構渋いんだな……」
そうやって話しながら歩いていると、急にゴブ太が立ち止まった。
「キラーアントだ。オデが戦う、見ててくれ」
目をこらすと通路の奥にデカい蟻がいるのが見えた。
大きさは軽トラと同じくらいだろうか。めちゃくちゃ気持ち悪い。
敵は俺たちに気付くと、ギチギチと口の音を鳴らしながら近寄って来た。
対するゴブ太は真っ直ぐ敵に向かって走って行く。
「ギシャァァ!」
蟻はデカい口を開けてゴブ太に噛みつこうと前に出た。
「あ、危な……」
そう思ったのも束の間、ゴブ太は左掌を突き出し、そこから岩塊を創り出した。
キラーアントは突然口に突っ込まれた岩塊に怯む。
その一瞬でゴブ太は一歩踏み込み、腰を回して体重を乗せた右フックを叩き込んだ。
「ワンパンかよ……」
ゴブ太の拳は振り抜かれ、キラーアントの頭部を容易く引きちぎっていた。
正直グロい。でも、絶命したらすぐに光の粒子になって消えていった。蟻が死んだ場所には石ころが残されていた。
「今のは、弱めの魔物だから、こんな感じだ。リュート、出来るか?」
「いや無理だろ……とは言っても、やらなきゃいけないからな。頑張るよ。それより、死体は消えるんだな。その石はなんだ?」
聞けば迷宮の中は特殊で、死んだ生物の身体は魔素に分解されて消えるらしい。その際に魔物の部位や魔石、運が良ければアイテムを落とすのだが、それがいわゆるドロップ品だとゴブ太は教えてくれた。
なぜ魔物がアイテムに変わるのか、と聞いてみたがそれはわからないらしい。
「リュート、この迷宮は、変なんだ。オデ達は、今、そこそこ深い場所にいる。普通、深い場所には弱い魔物はいない。魔素が濃いから、居心地が悪いはずなんだ。でも、今のキラーアントは、弱かった。何か、おかしい。気を付けた方がいい」
「俺たちが深い場所にいるってのは、なんでわかるんだ? もしかして、魔素の濃さで判断できるのか?」
「そうだ。なんとなく、魔素が濃い気がする。浅い階層だと、地上とほとんど、魔素濃度が変わらない。でもここは、明らかに、地上より魔素が濃い」
やっぱり俺が昨夜この迷宮に落ちた時に感じた『空気の濃さ』が魔素のことで間違いないらしい。今まで魔素なんて感じた事ないが、この感覚は結構好きかもしれない。広い森の中で、木漏れ日を浴びながら深呼吸している様な、そんな心地の良さだ。
まぁ、ここの景色は見渡す限り土なんだけどね。視覚的には陰鬱としてるよ。
「リュート、通路の奥、見えるか? 階段がある。上の階層に行ける。でも、階段の目の前で、サンドウルフが寝てる。今のうちに、倒してくれ」
不意に立ち止まったゴブ太が小声で話しかけてきた。
確かに正面五十メートル程先に、黄土色の狼が眠っている。
倒すって、寝てる狼を殺すのか……?
「サンドウルフの脅威は、砂漠での機動力だ。砂に足を取られる敵を、速さで翻弄するだけの魔物だ。眠っている今なら、簡単に倒せる。リュート、殺さなければ、殺される。ここでは、それが常識だ。躊躇う事は、ない」
わかってるさ。
これは俺が帰る為に必要な事だ。
やるしかない。
一歩ずつ慎重に近付く。
音を立てない様に。
俺が持っていた荷物は今朝ゴブ太のポーチに入れてもらった。
武器はないが、問題ない。
残り十メートル。
周囲に他の魔物の気配はない。
残り五メートル。
「っ!」
思わず走り出した。
寝ているサンドウルフの耳がピクリと動いたからだ。
起きたのか?
とにかく時間がない。
薄く開けられた狼の目を見て恐怖が湧き上がってくる。
気付かれた。
躊躇う時間すら残されていなかった。
「うわぁあぁ!」
向けられた殺気に対する恐怖や、命を奪う罪悪感を振り払う様に叫んだ。
サンドウルフは起き上がろうと前足に力を入れる所だった。
既に接近していた俺は、持ち上げた右足を、力の限り思い切り地面に叩き付けた。
何も考えないようにしていたが、踏みつけたサンドウルフの頭蓋骨が砕ける感触が伝わってきて、急に気持ち悪くなってくる。
何か色々と飛び散ったように見えたが、全部光の粒子になって消えていったのはありがたかった。
「うっ、おぇっ、ごほ、ごほっ」
あまりの気持ち悪さに思わず嘔吐した。
命を奪うことに対してこれほど忌避感を抱くとは思わなかった。俺は自分で思っているよりまともな人間なのだろうか。
それにしては、なんだか、やけに気持ち悪いな……。
「リュート! 大丈夫か? 具合が、悪いのか?」
駆け寄ってきたゴブ太に返事をしようとしたが、身体中が熱くて、痛くて、それどころじゃない。
「リュート!」
なんだよこれ、意識が遠のいて……。
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