第16話 始動
「どこへ行く?」
部屋の外に出ると、宣言通り部屋の外で立っていたカルラに声を掛けられた。この人は休まないのか?
「外の空気を吸いに。そういえばミーシャから名前を聞いたよ。俺はリュートだ。ここまで運んでくれてありがとな、カルラ」
「気にするな。子どもを運ぶくらいで疲労などしない」
そう言いながら俺の後ろを着いてくるカルラ。振り向くと、「まだ本調子じゃないだろう。私が周囲の安全を確保しよう」と言われた。よほど俺が疑わしいのかな。まぁそれならそれで聞きたいことも多い。
「それにしても綺麗な所だな。こんなホテルを利用出来るほど裕福な商人が薄汚い俺たちを助けてくれたなんて信じられないな」
階段を降りながら呟く。異世界宿イコール民泊を想像してた俺は、素直に感心していた。日本のビジネスホテルと言われても違和感ないくらい広くて綺麗だ。
「主様の職業を見て偏見を持つのはやめろ。あの方はお優しい人だ。私も主様に拾われていなければ、幼い頃にとっくに命を落としていただろう」
ふむふむ、カルラのコーネルに対する忠誠心は、命の恩から来てるものなのか。
「それに、貴様とミーシャの関係も私達と同じもののように感じるが、違うか?」
「あぁ……それは違うな。確かに出会いは俺がミーシャを助ける形だったと思うが、俺はミーシャがいなければ今頃生きていない。寧ろ俺が助けられた事の方が多いだろうな」
そう言うと、意外そうな顔で「そうか……」と呟くカルラ。
「あ、でもカルラは今、コーネルの為に働いてるのか。って事はコーネルもカルラに助けられてることになるよな。そう考えると、確かに俺とミーシャの関係と似てるかもな」
「……ふっ。そうだといいがな」
話しながらロビーに降りてくると、カウンターの内側にいる綺麗なシャツを着た女性が俺を見て「あっ」と声を上げた。
カルラの方を見ると、「彼女が傷の手当をしてくれた従業員だ」と教えてくれた。
「驚きました! まさかもう歩けるほど回復しているなんて。たった一日で凄い再生能力ですね。あ、申し遅れました。私、ここで働いているアニスと申します」
ミーシャから聞いていたが、俺たちが迷宮から出て来たのは昨日の夜中。つまりあれから一日しか経っていない。自分でも人間離れしつつある身体に驚いているが、さも当然のように流す。
「それはアニスの手当てのおかげだ。ありがとう、助かったよ。俺はリュートだ。この礼はいつか必ず」
「いえいえ、お気になさらず。私はコーネル様の指示で行動したに過ぎませんので、お礼でしたらコーネル様に。それより、傷を確認したいのでこちらに来てもらっても良いですか?」
そこまでしてもらうのも悪いと思ったが、アニスも責任感故か最後まで仕事を果たそうとしている。
俺は促されるまま一階の廊下を進み、奥の部屋に入る。
ここは従業員の仮眠室だろうか。等間隔に並べられたベッドの一つに腰掛け、服を脱がされる。
「それじゃあ包帯を取っていきますね……それにしても、凄い傷だらけなんですね。どの怪我もなんの処置もせずに放置していたのでしょう? これじゃあ傷痕が残っちゃいますよ……低級の薬草で作った塗り薬を使うだけでだいぶ違うので、面倒くさがっちゃダメですよ。せっかく綺麗な身体なのにもったいないですから」
小言を聞き流しながら、ミーシャが怪我した時の為に薬について調べておくか、と考える。俺自身については、別に傷痕くらい気にしない。『背中の傷は恥だ』って有名なセリフがあるけど、俺なんか存在自体恥みたいな生き物だしな。あれ? なんか悲しくなって来た。
「本当に驚きました。もう完全に塞がってますね。包帯は必要なさそうです。とはいえ、あまり無理は禁物ですからね?」
「あぁ、ありがとう。世話になった」
すんなり診察を終えて、ようやく外に出られる。
両開きの木の扉を開けると、ロビーの明るさから一変、夜の闇と輝く星々が印象的な景色。
このホテルみたいに明かりがついてる建物もあるが、ほとんどが寝静まっている。
そんな暗い家屋も、今俺が踏んでる石畳の通路も、全部が見慣れない非日常の景色。
――ここが、異世界か。
カルラが後ろにいるため声には出さなかったが、思わず口にしそうになる程感動していた。
「東方の貴族様の目にどう映るのかはわからないが、ここは良い街だと私は思う。どのような人種であってもこの街なら自由だ」
大きく伸びをした俺の背中に話しかけながら近付いてくるカルラ。
「待て待て、東方の貴族様って俺の事を言ってるのか? どうしてそう思った?」
純粋な疑問に、カルラの方が驚いているようだった。
「違うのか? 今どき黒髪黒目の人種なんて東方の名家出身の者しかいないと思っていたが」
やっぱり髪と目の色が珍しいのか。
俺の出身を東方って事にするのはアリだと思うが、貴族の名を騙るのはまずいだろうな。しっかり否定しておく。
「全然そんな事ないぞ。俺がいた村では殆どが黒髪黒目だった。閉鎖的な田舎だとそういう場所もあるぞ?」
スラスラとデタラメを吐く口が、今は頼もしい。
「そうだったのか……たしかに、東方と言っても奥地の情報まではこっちに届かないからな」
「まぁ俺もこっちの地域の事は全然知らないからな、同じようなものか。それで、この街は自由って話だけど、具体的にどういう意味なんだ?」
話を逸らすためでもあったが、素直に気になった。
ゴブ太からも自由都市リベルタについて少し話を聞いていたが、冒険者が多い事くらいしかわからなかった。
「なにも知らないのに何故ここに来たのだ? いや、そもそも私達は何故お前が傷だらけでこの街にいたのかすら知らないんだったな。お前が私を驚かせてばかりいたから聞きそびれていた」
うげっ、ずっと避けていた話題をとうとう振られてしまった。
「まぁ、詳しい事は明日コーネルにも聞かれるだろ。別に誰かに追われてるとかそういう事はないから、巻き込まれる心配はしなくていいぞ」
そう言ってみるが、納得してなさそうな顔だ。
その時、ホテルの扉が開いてアニスが出て来た。
「リュート様、昨日まで重傷だったのですから、そろそろお戻りください。夜は冷える季節にもなりましたし」
ナイス助け舟! と内心グーサインをしながら俺たちは部屋に戻った。
ミーシャは既に眠っているようだ。出会った時は悪夢にうなされていたのか苦しそうな表情で眠っていたが、今は穏やかに眠っている。
俺がこの子にしてあげられる事はほとんどない。
だというのにこの子は一人で過去を乗り越え、前を向いている。
健が死んで一年も塞ぎ込んでいた俺なんかよりよっぽど強い子だ。
家族の代わりにはならないだろうが、ミーシャが冒険者を続けて行くうちに、この子にとって信頼できる仲間と巡り会える事を願っている。
迷宮の外に出てから丸一日寝ていた俺は、一睡もすることが出来ずに朝を迎えた。
夜中はやることがなさすぎて土属性魔法で剣を作る練習をしていたが、朝までかかってもうまくいかなかった。剣が欲しいわけではないが、魔力制御能力はいくら鍛えても足りないくらい重要だ。特に俺は感情に引っ張られてよく魔法を暴走させる。これから暇を見つけたら地道に練習を続けて行こうと思う。
「おはようミーシャ。もう目が覚めたのか?」
日が昇ってすぐにミーシャが目を擦りながら起きて来た。
「お腹空いて目が覚めた」
そういえば俺も腹減ったな。昨日から何も食べてないじゃないか。朝食はコーネルと一緒にってカルラが言ってたけど、いつになるのか……。
なんて考えてると、ノックの後扉が開いた。
「二人とも早いな。この服に着替えたら外に出て来てくれ。主様もちょうど準備が済んだ所だ」
カルラが真新しい服を持って入って来た。まぁ確かに、今まで着ていたジャージは血まみれのボロボロで、こんなのを着て偉い人と食事なんて絶対に不快にさせるもんな。
それに今着てる服は布を被ったみたいな簡単なものだから、パジャマみたいなものなんだろうな。
カルラが持って来たのは細めの黒いパンツと、シンプルな白シャツだ。素材はなんだろうか、少し重くてしっかりした生地みたいだ。
ミーシャの方は脛まで丈のある白のスカートと、水色のセーター……というか、この子は俺の前で平気で着替えようとするけど、そういうの気にしない年頃なのか? まぁ俺も妹がいるしそんなに気にしないけど、冒険者として稼げるようになったら部屋は分けてもらおう。
ともかく、綺麗な服に着替えた俺たちは廊下に出て、カルラの案内で一階に降りた。
ロビーの隣の大部屋に机と椅子が並んでいて、そこで食事をしてる人もいるけど、そこは一般客向けだと説明された。
「主様は落ち着いて話をされたいそうだから、個室を用意してある」
そう言ってから一つの部屋の前で止まり、カルラはノックをしてから扉を開けた。
よし。今日から俺は東方から来た旅人リュートだ。この街で冒険者になって成り上がりを目指す若者だ。決して異世界人なんかじゃないぞ。
ボロを出さないようにそんな自己暗示をかけながら、俺たちは部屋の中に入っていった。
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