第15話 認めたくないと思うほどに【オズベルト視点】

「どうしたの?オズベルト」

「……いや、なんでもない」

「もしかして、僕は君を怒らせてしまったかな?」

「まさか、本当のことだ。僕がフィリアを気にするのは罪悪感が原因で、それ以上でもそれ以下でもない」

 まるで自分に言い聞かせるかのように、きぱりとそう言い切った。

「僕は彼女を、愛していない」

「それはなんとも、極端だね。もう、愛だのという言葉が出るとは」

「ち、違う!断じてそういうあれではない!」

 熱くなる頬を腕で隠しながら、なぜか普段より数倍声が跳ね上がる。

「はいはい、分かってるって。ちょうど良いじゃないか。奥様には花香が通じないんだし、女避けになってもらえばいい。それに、実家から遠く離れてこんな田舎に一人で嫁ごうという女性に、あんな手紙を送りつけてくる鬼畜男なんて好きになるはずないんだから」

「き、鬼畜……」

「だってそうでしょう?お互い望んでそうなら構わないけど、君の場合は一方的だった。結果的に向こうもそれを望んでいたから良いものの、いくら政略結婚の相手とはいえあまりにも礼を欠いているよ」

 テミアンは元来、可愛らしい顔に似合わずずばずばと物申す性分だ。そこが付き合いやすいと思っているが、今日は特に言葉がきつい気がする。

 いやそれとも、言われていることが全て図星だからそう思うのか。冷静になって考えてみれば、僕の女性不信は相手になんの関係もない。白い結婚の提案をするにしても、きちんと順を追って話し合うべきだったのだ。

「おや、その顔は反省しているね」

「……うるさい、馬鹿野郎」

「まぁ、結果オーライということで。これから奥様には、思いきり好きなことをさせてあげたら良いよ。買い物でもお茶会でも、秘密の恋人でも」

 最後の台詞を聞いて、こんなにも胸がざわつくのはなぜだろうと考えても、答えは出せそうにない。

「あの手紙の有効性は、互いだからね。彼女は君の行動に口を出さない。そして君は彼女の行動に口を出さない。もちろん、常識の範囲内で」

「……テミアン。今回は珍しく色々と口出ししてくるじゃないか」

「サイコロを提案した僕にも、一応の責任はあるからさ」

 そのにやけ面は確実に面白がっていると、思わず舌打ちをしたくなる。とはいえ、なんだかんだで心の内を見せられる友人はこの男だけだ。

「まさかこんな展開が見られるなんて、実際に奥様にお目に掛かれる日が待ち遠しいなぁ」

 テミアンがぼそぼそと何か呟いているのが分かったが、どうせ碌なことではないので聞き返さないでおいた。


 その後領地視察をつつがなく終えた僕は、馬車に揺られながら先ほどのテミアンとの会話を反芻していた。

 フィリアは、まるで僕を恨んでいるような素振りがない。政略結婚を求めていたのであれば、もっと淡白であってもおかしくないはずなのに、その様子もない。

 素直で自由で、思考がすぐ口や顔に出る。打算や含みがないから話していて心地がいいし、何よりあの笑顔を見ていると、心にかかったバリアがぽろぽろと剥がれ落ちて、すべてを曝け出してしまいたくなる。

 まだ出会って間もないというのに、こんな気持ちは彼女以外の誰に対しても抱いたことがない。先日気まぐれで庭園にいる彼女に話しかけた時には、なぜか干し肉をくれた。そこには深い意味などなく、ただ自分が好きだと思うから、僕にも食べて欲しかったというだけ。

「あの時の笑顔、可愛らしかったな……」

 ただの記憶に、頬が緩む。最近時間が合えば夕食を共にしているが、果たして今日は間に合うだろうか。

 そんなことを考えていると、ふと先ほどのテミアンの言葉が蘇る。


 ――これから奥様には、思いきり好きなことをさせてあげたら良いよ。買い物でもお茶会でも、秘密の恋人でも。

 

 ――彼女は君の行動に口を出さない。そして君は彼女の行動に口を出さない。


「さすがに、勝手過ぎるよな……」

 まさか、自分で自分の首を絞めることになるとは夢にも思わなかった。揚々とあの手紙を綴った当時の自分を恨んでも、どうすることも出来ない。

 理由は分からないけれど、フィリアの肌にジャラライラの花香が馴染み始めていることは確かだ。散々あの香りに悩まされてきた僕がそう感じるのだから、間違いはない。

「生誕パーティー、どうにかして断れないだろうか」

 先ほどから、独り言が止まらない。土台無理な話だと分かっていても、純真無垢で世間知らずな彼女に吸い寄せられた男達が群がる様を想像しただけで、思わず胸の辺りを掻きむしってしまう。

 テミアンは僕もそうだと言っていたが、マグシフォン家には耐性がついている。それとも、それさえ例外となってしまったのか。

 これ以上考えても埒があかないので、小さく頭を振って気分を変えようと車窓に視線を移した。流れゆく景色をいくら睨みつけても、時を早送りすることなど出来はしないのに。

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