第34話 時が経ち、その後の二人

♢♢♢

 旦那様と改めて夫婦として歩もうと誓い合ったあの日から、早半年。大旦那様を始めバルバさんやクイネ先生、他の使用人達からもそれはそれは歓迎の視線を向けられた。

 白い結婚についてはどうやらセシルバ様以外には知られていないみたいで、皆一様に「過去の辛い経験を乗り越えて真実の愛を見つけたオズベルト万歳」というフラッグを、でかでかと背中に背負っていた(ように私の目には映った)。

 旦那様はきりりとした紫黒の瞳で「大げさだ」と一蹴してはいるものの、私を見つけると人参に飛びつくウサギのように飛び跳ねながらこちらに向かってくるものだから、可愛くて心臓がぎゅんと縮む。

 お互い素直に胸の内を曝け出して、旦那様は一層私に優しくなった。ふんわり柔らかな笑顔も、意図せず発した自分の台詞に照れる横顔も、散歩や会話に私を誘う時のそわそわした指先も、彼の仕草全てが可愛らしくて仕方ない。

 私より六つ年上で、時折護衛騎士として王族直属の近衛騎士団から直々にお呼びがかかるほどの手練れで、道を歩けば女性全員が振り返るくらいの美形。そんな雲の遥か上にいるような方を捕まえて可愛いだなんて、私なんかが言える台詞じゃない。

 今でもまだ「これでいいのかな」と悩む気持ちが消えたわけではないけれど、旦那様の気持ちを疑うことはしたくない。自分の中の卑屈な感情も周囲から受ける誹りも、気にしてばかりではキリがない。

 そういう時は大体、芝生にごろごろと寝転がった後に甘いものを食べて温めのお湯にゆっくりと足をつけて、キングサイズのベッドで思いきり手足を伸ばしてぐっすり眠る。目覚めた時には頭がすっきりしていて「まぁなんとかなるか」と、呑気に伸びをしているのが私という人間なのだ。

 母にはいつも楽観過ぎると呆れられるけれど、いつ死ぬか分からない人生なら楽しまなきゃ損だから。

 

「僕は、フィリアのその考え方が大好きだ」

 季節はがらりと様変わりして、今日はちらちらと雪が降っている。ヴァンドームの屋敷には冬ならではの花が咲き誇り、枯れ色になった大きな葉っぱ達もそれはそれで趣があって素敵。

 散歩に行くと報告すると、旦那様は当たり前のようにコートを二着用意する。小庭園の方なので、マリッサは気を遣ってかついてくることはない。

 最近困っていることはないかと聞かれそのまま近況を話すと、彼の形のいい眉がぎゅっと中央に寄せられた。なぜそんな顔をさせてしまったのかというと、それは私宛に大勢の手紙が寄せられるからである。

 絶賛社交シーズン中の今、貴族達は嬉々としてタウンハウスに移り毎晩のようにパーティーを楽しんでいる。それが嫌で仕方がなかった私は、白い結婚提案によりそれに参加しなくて良くなったと、ベッドの上で小躍りをしていた。

 結果として私達は本当の夫婦となるべく歩み寄っている最中なのだけれど、そもそも旦那様もパーティー嫌いだから意見が一致する。ヴァンドーム領はとても広大かつ、片面が海に面したほぼ離れ小島のような地形。友人であるセシルバ様の侯爵領だけと隣接している為、余計ないざこざも起こらない。

 こんな我儘を通せるのも、ヴァンドーム公爵家の絶大な権力の為せる技と、王都からかなり距離がある事情を考慮されてのこと。というわけで私は、世の貴婦人方がせっせと社交に勤しんでいる中、雪をかき集めて呑気に遊んでいた。

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