第4話 拗らせた美青年【オズベルト視点】

♢♢♢【オズベルト視点】

「オズベルト様、素敵ーっ!」

「こっちを向いてください、ぜひ!」

「一度でいいから、抱き締めてーっ!」

 貴族令嬢なんか漏れなく全員こんな感じだと、胸を張って言える。なぜなら、それしか娯楽がないから。見目や権力や金にしか興味がなくて、ドレスのペチコートをどれだけ膨らませられるかに命を賭けている。母が正にそうで、結果情欲に溺れて愛人と逃げた後その男に刺されて死んだ。

 父はそれを「大したことではない」と言い放ったくせに、二度と妻は娶らないと宣言している。やはり、裏切られたショックは計り知れないのだろう。

 幸か不幸か、美形両親からそれぞれのいいところだけを受け継いだ僕は、それはそれは女性から持て囃された。この国では珍しい、紫黒色の髪と瞳。身長には恵まれたが、体格はもっと筋骨隆々の方が僕は良かった。

 そして一番厄介なのは、身に染みついた甘く艶やかな香り。この地がヴァンドーム家の手中に渡った頃からずっと枯れることなく、辺境伯邸だけに咲き誇る白い花「ジャラライラ」。この変ちきな名前の花は、虫や昆虫だけではなく人さえも惑わす誘い花だ。

 長い年月の共生を経て、僕達ヴァンドーム家は香りへの耐性を身に付けた為に、日常生活に支障はない。それに相性というものがあるらしく、現在我が家でこの香りを纏うことが出来るのは僕だけ。

 この最悪な体のせいで、小さな頃から女難に見舞われまくった結果、女嫌いとなった。

 それでも、生涯独身は無理な話。のらりくらりと躱してきた結婚話も、二十四を迎えた今さすがに逃れるのも限界。けれど、とても社交界に出て相手を探す気にはなれない。というわけで、学生時代からの友人であるテミアン・セシルバに相談した。

「適当に決めちゃえば?」

「お前……。他人事だと思って」

「だって君、誰をどう推薦したって難癖つけるじゃないか。だったら適当に選んで、その後の生活をどうするか考えた方がいいんじゃない?」

 僕の部屋のソファに我が物顔で腰掛け、長い脚を優雅に組んでいる。僕ほどではないにしろ、この男も令嬢の憧れの存在らしい。

 輝く金髪に、薄茶の瞳。とろりとした甘い顔立ちと、高めの澄んだ声。過去にテミアンがふざけ半分で女装をして、僕に女嫌いを克服させようとしたこともあった。

 あれは、二度と思い出したくもない黒い過去。別の意味で鳥肌が立った。

 物事を引っ掻き回して面白がるタチの悪い性格だが、一方で僕にとっては信頼できる人間でもある。あと、シンプルにこいつしか友人がいない。


「でもまぁ、一理あるかもしれないな」

「でしょ?僕が良さそうな令嬢を六人候補に選ぶから、その釣書をテーブルに並べて、一から六までの番号を付ける。そしたら君は、サイコロを一振りするだけ」

 なるほど。一見頭のおかしいやり方ではあるが、確かに僕は性別が女性であるというだけで拒否反応が出る。だったら、選び方に固執するよりもどう結婚生活を乗り切っていくかという方向に舵を切った方が良さそうだ。

「ちなみに、その六人を選ぶ基準は?」

「素朴で、慎ましやかで、逆らわなさそうな家柄の子かな」

「な、なんだそれは!」

「そういう子の方が御しやすいでしょう?借金まみれの貴族でも良いけど、君のお父上が許してくれないだろうしさ」

 つまりは、形だけの「白い結婚」に納得させるというわけか。

「浮気性の女性は、君のトラウマだし」

「……誰だって嫌だろうそんな女」

「まぁまぁ、うだうだ言ってないで。どうする?やるのやらないの?」

「や、やる」

 情けない話だが、もうテミアンに頼るしか方法が浮かばない。辺境伯を継ぐためには、結婚は必要不可欠だ。

「オッケー。じゃあ、さくっと準備するからしばしお待ちを〜」

 至極楽しげに瞳を輝かせて、テミアンは軽やかな足取りで部屋を出ていく。その日から三日と経たないうちに、やつはきっちりと準備を整えてきた。

「はい、サイコロ」

 再び僕の自室で、テミアンはずらりとテーブルに釣書を並べた。掌に乗せられた小さな小さなサイコロが、やけにずしりと思い。

「ああ、結婚したくねぇ」

「きっと相手も同じ気持ちだよ」

「お前……」

 歯に絹着せぬ物言いが、今はやけに鼻につく。まったくその通りだからこそ、反論出来ないのが悔しいのだ。

「よし、いくぞ」

「あ。ちなみに、一が一番おすすめだよ。そこから順番に並べてるから」

 その台詞を聞いたのは、既に「六」の出目が現れた後。ぎろりとテミアンを睨んでみても、数字は変わったりしない。

「わお。まさかの六だ」

「……嫌な言い方をするな、テミアン」

「いやぁ。実はさっきのは嘘で、本当は六が当たり」

 ぱちんとウインクしてみせる彼に向かって、眼前に人差し指を突きつけた。

「目を抉れば、わざわざ瞼を閉じる必要はなくなるぞ」

「ちょちょ、ちょっと待ってよ!ほんのジョークじゃないか!君を和ませようと思っただけさ!」

「……ったく。どうせ、優劣などつけていないくせに」

 ふんと鼻を鳴らせば、今度はぺろりと舌を出された。

「さすがは僕の親友。なんでもお見通しだね」

 へらへらと笑いながら、テミアンが釣書を差し出す。それをぱっと奪い、適当に目を通した。

「だけど、本当は六が当たりって言ったのはあながち嘘じゃないよ。僕にとっては、って意味だけど」

 ヤツの不穏すぎる呟きは、気が立っている僕の耳には入ってこなかった。

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