第5話 私好みのあっさり結婚式を終えて
♢♢♢
現在、馬車の中。三時間揺られ、休憩。また三時間揺られ、休憩。夜はさすがにその土地の領主の屋敷に寝泊まりさせてもらったけれど、朝起きて朝食後は、またすぐに馬車に乗せられる。
「うぉえぇっぷ!」
「お嬢様、お控えください」
「む、むり。吐きそう。あ、吐く。吐いちゃう」
「そこを飲み込んでこそ、真のご令嬢です」
意味不明な台詞を口にしながらも、私の背中を撫でてくれるマリッサは優しい。と思う、たぶん。
「酔うと分かっておられるのですから、食事を少なめに摂られるようにと、お薦めしましたのに」
「だって私、食い意地張ってるんだもの」
「威張っておっしゃることではありません」
彼女の言い分は尤もだけれど、今まで自領と王都しか知らなかった私にとって、こんな機会初めてだった。その土地ごとで特産品が違っていて、郷土料理はどれもおいしいし、二度と来れないかもしれないと思ったら、体が全部埋まるくらいぎちぎちに詰め込みたくなる。
「でしたらなおさら、吐けませんね」
「た、確かに……。おええぇっ」
天国と地獄を彷徨うこと、なんと十五日。私はようやく、これから生活していく地となる『ブルーメル』へと足を踏み入れたのだった。
ちなみに、私達の結婚宣誓式は王都で行われたのだけれど、それはそれは簡素なもので、母は別の意味で泣いていた。
当の私はまったく構わなかったし、むしろ披露パーティーを無駄に何度も開かなくて済んだことに心底ほっとした。親族以外に招待する友人なんていないから、初対面に等しい両親の知り合いを呼ぶしかない。あと、マリッサが用意したらしいサクラ達。
「おめでとう、フィリア!」と知らない人から手を握って祝福されたのが、少しトラウマになっている。向こうも仕事だから、なんだかごめんなさいという気持ちになった。
ヴェールに包まれた新婦、つまり私はほとんど前が見えていない。旦那様となるオズベルト・ヴァンドーム様のご尊顔も、ちっとも尊べなかった。あのヴェールは分厚すぎる。作ったの誰よ……って、母だった。
刺繍が苦手なので仕方ないとはいえ、私じゃなかったら確実に転けて怪我をしていると思う。
そんなへんてこ新婦と、終始無言の新郎。ただの一度もヴェールを上げようとしなかった彼は、きっと私に興味がないらしい。
式が異様に短いことに不満たらたらだった母は、最後には「もっと短くても良かったかも」と失笑していた。
「まぁまぁ、お母様。私のドレス姿、素敵でしょう?」
「そうね。娘の晴れ姿を見られただけでも、良しとしましょう」
「わぁ、意外とまともな答えだわ」
こんな時まで茶化す私に呆れた視線を向けながらも、結局のところ家族は温かく祝福してくれたのだ。
ヴァンドーム様……、もとい旦那様も元々は一緒に王都にいたわけで、出立日も当然同じ。それなのに、私とはほとんど顔を合わせることなく、さっさと別の馬車に乗り込んで先に行ってしまった。
我が屋敷には大量の贈り物が届けられたらしいけれど、もので釣ればいいという話ではない。これにはさすがに、両親も立腹して――。
「口は出さずに金を出す、最高の夫だ!」
いるはずもなく、ご満悦の表情でぶんぶんと両手を振っていた。
死に物狂いで、ようやく辿り着いたヴァンドーム領。旦那様と碌に顔も合わせないまま、今日から私はこの広過ぎる屋敷の女主人となる。
「って言っても、すでに言質はとってあるもの。私って、ぐうたらすることにかけては天才的なのよね」
「悲しき才能でございます」
「マリッサ、ついてきてくれてありがとう」
「今さらですか。フィリア様らしいですが」
ウィットに飛んだブラックジョークは、彼女の良いところ。なんだかんだで私が心配だと、こんなにも遠い地まで来てくれたことに、心から感謝している。
ちなみに言質とは、この結婚に関する「契約」のようなもの。双方合意してからすぐに、ヴァンドーム様から私宛てに送られてきた。
一、これは「白い結婚」である。
二、口は出すな。手も出すな。
三、互いに自由。
「はい、最高!ああ、神様ありがとう!私これからも、大切なことを決断する時には必ず貴方を頼ります!」
「ただの運じゃないですか」
「運も立派なお導きよ!」
旦那様にも、結婚を急ぐ理由があったみたい。でなければ、子爵家でしかも変わり者の私をわざわざ選んだりはしない。この手紙を読んだ時、妙に納得したのを覚えている。だから、より私の誠意が伝わるように血判で返事を出しておいた。
「ようこそ、遠路はるばるおいでくださいました。私は当屋敷の執事長バルバと申します」
「まぁ、素敵なお名前!よろしくお願い致しますね、バルバさん」
「どうぞ、馬車へお乗りください」
「ぐへぇ」
ま、また馬車。確かにここは正門で、本邸の玄関口はもっとずっと先。マグシフォン家の馬車はさすがに休ませようという気遣いなのだろうけれど、だったら私も休ませてほしい。そこの小屋で十分だから。
「さっさと行きますよ、フィリア様」
「ふぁい」
トランクの角でお尻をせっつかれ、しぶしぶ馬車に乗り込む私。綺麗に整備された道のおかげで道中よりは随分ましな気がする。というより、めちゃくちゃ快適。
「見てみてマリッサ!お花が凄いわ!わさわさ咲いているわ!」
「もっと適切な表現はなかったのですか」
「だって、とにかく素敵なんですもの!」
喋りたくないけど勝手に声が出る、という葛藤を抱えながら、私はほとんど車窓に張り付くようにして屋敷の景色を見つめた。
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