私はサシャ・ケルルー
「サシャ・ケルルー、ただいま戻りました!」
「おー、お帰りサシャ。急な出張で10日間もご苦労だったな。いつもながら本店の会長からのご指名は急だよな」
「いえいえ、商会のお役に立てているなら光栄です。あ、こちら皆さんにお土産です」
サシャが鞄からごそごそと菓子の詰まった箱を2つ取り出すと、室内からわっと声が上がった。
サシャ、つまりシャルロッテが、トーベアナ王国に来てから1年。
ケイヒル伯爵家が経営する商会の支店の一つで働き始めたサシャは、
そして、指示に応じて、たびたび商品の買い付けで出張に出向く日々を送っている。
今日も今日とて、突然に言い渡された出張で10日ぶりに戻って来たばかりだ。
出張は、時間の余裕がある時で1週間前、下手をすると前日に急に言いつけられる事もあり、そのたびにバタバタと荷造りして出かける事になる。
もうちょっと早く言ってくれたら、とか、1週間先の予定も立てられなくて困る、とか。
改善を願う点がない訳でもないが、基本行き当たりばったりが好きな性格のサシャには、大して苦でもなく。
加えて、商会頭が父とはいえ訳アリの自分を雇ってもらっている恩もある。
幸い、父に似たのかサシャの選ぶ商品は概ね評判がよく、売れ筋となる事が多く。
気がつけば、ちょくちょく遠出の旅(仕事だけど)を楽しむ支店社員の生活を過ごし始めて1年が経っていた。
母国カイラン王国に住む家族からは、時々手紙が届いていた。
時々、と聞いて「あのケイヒル家が?」と違和感を覚えるかもしれないが、手紙は本当に時々しか届かない。何故なら、彼らはしょっちゅうサシャに会いに海を渡って来るからだ。そう、手紙よりも直で会いたい上に、行動力のあるケイヒル家の面々は、船に乗ってサシャに会いに来る。
父や長兄次兄が単身で、あるいは両親2人仲良く、はたまた兄弟そろってなど、バリエーションは色々あるが、基本、ふた月に1回は実家の誰かしらと会っている感じだ。
そんな風に頻繁に家族と連絡を取っているサシャだが、実はカイラン王国内の話―――特にオスカーに関してはあまり知らなかったりする。家族の話題にのぼらないからだ。
サシャがオスカー関連で聞いたとすれば、トーベアナ王国に移ってすぐの頃、ランツからの手紙で『まだオスカーとシャルロッテは夫婦のままだ』と書いてあった事くらいだろうか。
結婚前に渡しておいた署名済みの離縁届を、オスカーは使わなかった。
だがそれは、死別の方が後の再婚話を断るのに有利だろうとサシャも想定していたから驚いていない。
オスカーが、妻であるシャルロッテ・マンスフィールドの病死をいつ発表したのか、そこについては言いづらかったのだろう、ケイヒル家の誰からも報告がなかったので、サシャも考えないようにした。
カイラン王国のケイヒル伯爵家に生まれ、オスカー・マンスフィールドに嫁いだシャルロッテはもういない。アラマキフィリスに罹って亡くなったのだ。
だから、シャルロッテは―――いやサシャは、初恋の人を忘れて前に進まなくてはいけない。
そう、もう彼のことは忘れなければならないのだ。
その為にも、サシャはこの1年、忙しくトーベアナ王国を飛び回って頑張った。
すごく、すごく、頑張ったのに。
「・・・10年持ち続けた恋心って、1年頑張った程度では簡単になくせないのね」
出張用の鞄から荷物を取り出し、それらを引き出しやクローゼットなどに片付けながら、サシャはぽつりと呟いた。
健康になってしまった自分では、もう絶対にオスカーに選ばれる事はないのに、サシャの心にはまだオスカーがどっかりと居座っている。
サシャは、ぱん、と両手で頬を叩いて気合いを入れた。
「私はサシャ・ケルル―よ。オスカーさまが大好きで仕方なくて、契約結婚までしたシャルロッテは、もうこの世にいないの」
出張から帰った日は休養や片付けにあて、仕事は翌日からとなっている。
鞄の中身を片付け終えて、けれどなんとなく休む気にならず。
サシャは、気晴らしに散歩に出かける事にした。
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