君はどこまでを求めている?
「単刀直入に聞く。君は、この結婚にどこまでを求めている?」
「・・・はい?」
屋敷から中庭に出て歩くこと暫し、ついて来た使用人たちとの距離が程よく離れたところで、オスカーはそんな問いを口にした。
「結婚前に、話し合っておいた方がいいと思う。後で意見の食い違いが起きるのは避けたい」
「ええと、どこまで求める、と聞かれても・・・すみません、意味がよく・・・」
「夫婦関係の事だ。色々とあるだろう」
「色々・・・?」
「そう、夫婦としてのあれやこれやが」
「あれやこれや・・・?」
「ああ」
「え? えええ? ちょっと待って下さい、それって・・・」
遂に意味を理解したらしいシャルロッテが、熟れたマランサ(リンゴに似た果物)のように顔を赤く染めた。
オスカーの言うところの夫婦のあれやこれやとやらをつい色々と想像してしまい、シャルロッテはワタワタしたり照れたりと表情を目まぐるしく変えていく。
だが、目の前のオスカーがどこか固い表情で返答を待っている事にここで気づき、シャルロッテは漸くこの質問の意図に思い当たった。
もしシャルロッテが望むのなら、夫婦の夜に関しての要求に、なるべく応えようとしているのではないだろうか。そして今、それが彼の応えられる範囲内である事を静かに願っている。
互いにメリットがあるから合意に至った契約結婚。だが、オスカーはシャルロッテの気持ちを慮ろうとしている。そして、その理由はきっと。
―――私が、オスカーさまをお慕いしていると話したから。初恋だなんて、うっかり打ち明けてしまったからだ。
ううん、きっとそれだけじゃない。
私が、もうあと1年も生きられないと伝えたから。
―――ああ、もう本当に。
困った事だとシャルロッテは思った。
彼は女嫌いを公言している。シャルロッテの事だって、もっと冷たく突き放してくれても、こちらは勝手に納得しただろう。
書類上、妻としてもらえるだけで、そう半年の間オスカーの側にいる事を許してくれるだけで、シャルロッテは満ち足りた気分で、文字通り思い残す事なく、最期の時を迎えられるだろうに。
―――そんな気遣いを示されてしまったら私だって・・・
シャルロッテは、今もじっと返事を待つオスカーを前に背すじを伸ばし、「公爵さま」と呼びかけた。
「私は白い結婚を希望します」
「・・・え?」
「白い結婚を希望します」
「あ、いや、聞こえなかった訳ではない、が・・・」
オスカーは少しの逡巡の後、口を開いた。
「予想していた答えと違って、その、少し驚いた。白い結婚・・・俺としては異論はないが・・・いいのか? この結婚は令嬢の最後の願いだったのでは・・・?」
この返答に、やっぱりとシャルロッテは思った。
やっぱり、オスカーはシャルロッテの最後の願いを出来るだけ叶える方向で考えていたのだ。
「いいんです。私の願い通り、約束の半年間を公爵さまの妻として側にいられたら、それで私には十分なご褒美ですから」
「・・・そうか。その、すまない」
「公爵さまが謝罪する事ではないですよ?」
「だが・・・」
「でも、そうですね。もし私に、あともう少し時間が残っていれば、妻として公爵家の後継を産ませて下さいと言っていたかもしれません。
でも今の私は、万が一子どもを授かっても、その子を無事に産むまで生きる保証はないんです。公爵さまに情けを頂いて授かったお腹の子を、道連れにはできません」
「・・・っ」
率直すぎる言葉に驚いたのか、オスカーは大きく目を見張った。
「公爵さまの後々の憂いを考えると、私が子どもも産めたらよかったのですけれど。
申し訳ありません、縁談よけにしか役に立たなさそうです」
「・・・っ、それは、君が謝る事ではないだろう・・・」
オスカーの声には困惑と憐憫が滲んでいた。
シャルロッテは、それがまるで彼が自分の命を惜しんでくれているようで、場違いにも胸が温かくなるのを感じた。
もしかしたら、それで気が緩んでしまったのかもしれない。
気がつけば、ふと言葉がこぼれ落ちていた。
「ああ、でも、手・・・そう、手くらいは繋いでみたかったかもしれないです」
オスカーはそれを聞いて、一瞬、目を丸くして。
それから、ウロウロと視線を彷徨わせた後、そろりとシャルロッテに手を差し出した。
「・・・なら、手を繋いで少し歩こう。まだ話したい事もあるし」
シャルロッテは、「え」と驚いた。
「でも手を繋ぐなんて、公爵さまは、その・・・」
オスカーはその先を察して、苦笑した。
「これまでも夜会でダンスやエスコートなど、役目上女性に触れる時はあった。まあ、かなり嫌々だった事は認めるが、今のこれは・・・そうでもない」
「・・・へ?」
「だから・・・これは、嫌々ではない。それに君は、その他大勢の令嬢たちではなく、俺の妻になる人だろう」
ぼそぼそと、全く別の方向に視線を向けたまま。
オスカーは、差し出した手を突き出すようにさらに前に伸ばした。
それにシャルロッテは一瞬、呆然として。
次に、なぜかムズムズと笑みがこみあげてきて。
でもきっと、ここで笑ったらオスカーの首がさらにとんでもない方向に向いてしまいそうな気がして、シャルロッテはただ「はい」と答えて、白い手袋をはめた手を重ねた。
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