契約条項
その後、契約結婚の条件など諸々の話し合いの為、オスカーが一泊の予定でケイヒル伯爵家を訪問した。
「結婚式はマンスフィールド領で行いたい。急な式でも自領ならなんとかなるから」
応接室に通されるなり話を切り出され、呆気に取られたシャルロッテは目を瞬かせた。
それを不満と取ったらしく、オスカーは微かに眉根を寄せた。
「我が領では不服か? 王都がいいか?」
「い、いえ、そんな事は!」
シャルロッテが慌てて首と両手を左右に振って訂正すると、オスカーは眉根を寄せたまま、さらに「じゃあ何だ」と尋ねた。
「ええと・・・ちょっと驚いてしまって。その、まさか、自分が結婚式を挙げる日が来るなんて全然思ってなかったものですから」
「思ってなかった? あんな提案をしてきたのにか?」
「そうですね。公爵さまに申し込むところまでは、あれこれと段取りや条件などを考えたりしましたけど、その後の事には全然気が回ってなかったみたいです。
だから式と言われても実感がなくて・・・だから、私は結婚できるだけで十分なので、もし式が面倒でしたら書類だけでも構いませんよ?」
シャルロッテの返答に、今度はオスカーが目を瞬かせた。
「令嬢、これは俺の縁談よけでもある。ならば結婚した事実を周知させないと意味がない」
「あ、そうでした」
「それから、式を急ぐのは王家の横やりを警戒してという理由もあるが、君の体調を考えた上での判断でもある」
「・・・そうなんですね」
「分かればいい」
シャルロッテはそれ以上何も言わず、ただ手で胸元をそっと押さえた。
深い意味などない事は分かっている。けれど、体調を配慮するオスカーの言葉が嬉しかったのだ。
こんなちょっとした事ですぐ嬉しくなってしまうなんて、我ながら単純だとシャルロッテも思う。
けれどどうしようもない。好きなものは好きなのだ。たとえ完璧な片想いだとしても。
―――ああでも、距離感には気をつけないと。
シャルロッテにとってオスカーは初恋の人だが、彼にとってはただの契約結婚の相手。しかもオスカーは過去に女性絡みで嫌な経験をしたと聞く。
結婚して夫婦になるとしても、きっと多くを望んではいけない。契約が終わる最後の瞬間まで、いい関係でいたいとシャルロッテは思う。
―――そう、限られた期間しか側にいられないからこそ、その時間全てを穏やかで優しいものにしたい。
だって、たった半年の間だけなのだから―――
シャルロッテは、視線を膝の上の、白手袋をはめた自分の手に向けた。
シャルロッテがオスカーの屋敷を突撃訪問してから既にひと月近く。
あの時には薄い水色だった左手親指の爪は、今はもう青に変わっていた。
確かにオスカーの言う通り、式は早いに越した事はない。
そんな事を考えていた時、「令嬢」と呼びかけられた。
「侍女長から、花嫁衣装は女性にとって譲れない重要案件だと言われている。急ぎ作らせよう」
「あ、それは大丈夫です」
女嫌いと言いつつ契約結婚の相手に配慮を見せるオスカーにまたも驚きながら、シャルロッテはゆるゆると首を横に振った。
「私は母のドレスを借りるつもりでいたんですけど、家族が内緒で頼んでたみたいで。実は昨日、店から届いたんです」
どうやらジョナスやラステルたち家族が、『シャルロッテの恋を叶えるぞ』作戦を始めた時、ダメ元でこっそり制作を依頼してくれていたらしい。
届いたものを開けてみれば、シャルロッテの好みを存分に反映した、可愛らしくも清楚なデザインのウェディングドレスと、総レースの可憐なヴェール。同じくレース張りの白い靴と美しい宝石がついたお飾り。
思いもよらないプレゼントにシャルロッテは感激したが、後で冷静になってみると、もしオスカーに結婚を断られていたらどうするつもりだったのかが気になった。
家族に尋ねてみると、残念家族パーティで着たり肖像画に残したりと、色々できるなどという答えが返ってきたではないか。
残念パーティもアレだが、フラれて一人ウェディングドレスを着て肖像画を描いてもらうとか・・・想像しただけでものすごい残念感があっていたたまれない。
この時シャルロッテは、オスカーが結婚の申し出を受けてくれて本当によかった、ある意味別の意味で命拾いしたと、感謝の気持ちを新たにしたのだった。
「ならばドレス関係は問題ないとして、もう一つ確認条項があるのだが・・・少し庭で話せるだろうか」
「・・・庭ですか? はい、分かりました」
これまでずっと室内で話していたのに何故わざわざ? と、オスカーの提案を少し不思議に思いつつも、シャルロッテは素直に了承して外に出た。
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