吉報
ガラガラガラ―――
シャルロッテを乗せた馬車が、マンスフィールド公爵邸の門を抜けて出て行く。
オスカーはそれを、応接室の窓から眺めていた。
「シャルロッテ・ケイヒルか・・・」
オスカーに半年間の契約結婚を申し込んできた令嬢は、青く染まった爪を見せ、自分が不治の病に冒されている事を驚くほどあっさりと打ち明けた。
その後、自分で作ったという『死ぬまでにやりたい事リスト』なるものを取り出し、恥ずかしそうに最後の項目を示してみせた。
そこにあったのは『オスカーさまとの結婚』という、なんとも直接的な表現だった。
『あの、でも別に無理強いするつもりはなくてですね。これは、一応念のために書いたと言いますか、ダメ元と言いますか・・・ほら、クヨクヨして、やる前に諦めるのは体によくないでしょう・・・? もうすぐ死ぬとしても、せめてそれまでは心健やかに過ごしたいというか・・・』
恥ずかしそうにもにょもにょと言い訳するシャルロッテの顔は真っ赤で、額は冷や汗が浮かんでいて。
深刻な話をしている筈なのに、そこに悲壮感は全くなく。
シャルロッテが醸し出すどこか間の抜けた雰囲気に、オスカーは何だか警戒するのが馬鹿らしくなってきた。
そして、いつの間にかシャルロッテの提案を前向きに考え始めていたのだ。
オスカーは女嫌いを公言してはいるが、性的嗜好が同性にある訳ではない。
ただ幼少期からこの方、異性との接触に嫌な記憶しかないだけだ。
「提案を受け入れた場合、令嬢は最後の願いが叶い、俺は王女の縁談を避ける上手い理由が出来る訳か・・・」
シャルロッテを乗せた馬車が視界からすっかり消え去るのを見届けたオスカーは、天井を仰ぐと、顎に手を当て呟いた。
たとえ短期間でも、オスカーに結婚歴が付いてしまえば、リベット第二王女の降嫁先にはなり得ない。
王家は面子と体裁を重んじる。王女が初婚なのに後妻になるなど許されないからだ。
シャルロッテが指摘した通り、最近はリベットだけでなく彼女を溺愛する国王も煩くなっていた。
王家から正式に縁談を申し付けられては確かに厄介だ、そういう意味では、シャルロッテの提案は確かにオスカーにとって都合がよかった。
シャルロッテが言うように、王命より前に手を打つのもありだろう。
―――それに。
オスカーは先ほどの話し合いの様子を思い返した。
事情を知るというシャルロッテの侍女1人と、オスカーの最側近を1人だけ同席させた上での話し合いだったとはいえ、オスカーは珍しく女性と一緒にいる空間に不快さをあまり感じなかった。
それは、シャルロッテが無遠慮にオスカーに触れる事も、また媚を売る視線や声を向ける事もしなかったからだろう。あるいは好意が欲しいと感情的になったりする事も。
そういう意味でも、リベットや他の令嬢たちと、シャルロッテとの違いを好ましいと思った。もしどちらかを選ぶしかないとしたら―――
「・・・いや、まずは裏取りからだ」
シャルロッテの提案に乗るとしても、言われた話を鵜呑みにする程、素直な性格ではない。
シャルロッテがアラマキフィリスに冒されているのは恐らく事実。
だとしても、話の他の部分も全て正しい情報かどうかの確認は必要だ。
背後を調べて何も埃が出てこないようなら、提案に乗っかってもいいかもしれない。
オスカーは窓から視線を外し、ベルを手に取った。
ちりんと軽く鳴らせば、すぐに扉向こうから最側近が返事をした。
―――そうして、シャルロッテの突撃訪問より20日後。
ケイヒル伯爵家に一通の手紙が届いた。
マンスフィールド公爵家の封蝋がされたそれには、オスカーからの承諾の手紙が入っていた。
ジョナスは立ち上がり、大急ぎでシャルロッテの部屋へと知らせに向かう。
その少し後、シャルロッテの部屋から歓喜のお叫びがあがったが、それは決して空耳ではない。
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