胡散臭いと言わないで


 なかなか上手く自分との契約結婚を売り込めたとシャルロッテが思ったのも束の間。



「・・・ふん」



 オスカーはそれきり口を噤んでしまった。




 ―――チク、タク、チク、タク、チク、タク―――



 静寂が支配する室内に響くのは、置き時計の針が刻む時の音だけ。



 シャルロッテは居心地の悪さに身じろぎ、ちら、とオスカーの様子を窺った。


 オスカーは顎に手を当て、未だ思考に耽ったままだ。



 ―――やっばり駄目なのかしら。



 ぽっと出の私とたとえ半年でも結婚するくらいなら、王女殿下との結婚を選ぶのかしら。



 家まで巻き込んで好条件を揃えたつもりでいたけれど、それでも私との結婚などお断りだと言われてしまえば、もう引き下がるしかないわ。



 シャルロッテは目を瞑り、覚悟を決めた。



 最後の願いとして初恋の人との結婚を夢見たけれど、彼に迷惑をかけたい訳じゃない。



 もし―――もし、私との結婚がオスカーさまにほんの少しでもメリットになるなら、と夢を見ただけ。



 拒否されたら大人しくケイヒル領に帰ろう。結婚の為に空けた半年間は家族と過ごす事にして、その後は用意した別荘に移ろう。


 そして静かに最後の時を迎えよう。


 別に気にしないわ。他の願いは全て叶えられたのだもの。


 そりゃあちょっと、いえ、本当はかなり残念だし、悲しいけど。


 でも、それは仕方ない。本当に、本当に、オスカーさまのことが大好きだったんだから。





 そう、あの日。

 シャルロッテがオスカーに恋をした日。


 自分を助けてくれた彼の背中を、シャルロッテはずっと忘れられなかった。

 年数にして約10年、しつこい初恋だとシャルロッテも自覚している。

 けれど、いよいよこの気持ちにケリをつける時が来たのかもしれない。



「―――君の」



 そんな風にシャルロッテの思考が彷徨っていた時、突然にオスカーの声が聞こえてシャルロッテは瞑っていた目をぱちりと開けた。



「君のメリットはなんだ」


「・・・へ?」



 オスカーは頬杖をつき、じっとシャルロッテを見つめていた。



 わあ、格好いい・・・♡と一瞬、意識が逸れかけて頑張って引き戻す。

 そして何を言われたか考え、首を傾げた。



「私のメリット、ですか?」


「ああ。事業上での優遇、君の個人資産の譲渡、半年間限定の婚姻、王女からの縁談を断る口実になる上に、事前に離縁届けまで準備すると言う。

だが、君のメリットになる点はどこにもないように思える。それが不気味だ」


「ぶ、ぶきみ?」


「ああ、非常に胡散臭くて、却って信用ならない。如何にも大きな落とし穴がありそうだ」



 オスカーは至極真面目な表情で、いやむしろ睨むようにシャルロッテを見つめた。



 なんとまあ、女性嫌いもここまで来るといっそ感心してしまうわ、などと思った時、シャルロッテは肝心な点を口にしていない事に気づいた。



「ええと、私のメリットならちゃんとあります。それはその・・・わ、私の好きな人と結婚できる事です」



 「きゃぁ、言っちゃった♡」とシャルロッテは恥じらう。だがオスカーは無反応、なので更に言葉を継いだ。



「お慕いしていた人と結婚できるので、私にもメリットは十分なのです」


「・・・」


「公爵さま? あの、聞いてらっしゃいます?」


「あ? ああ・・・」



 これまで何十人、何百人もの令嬢から告白されてきたであろうオスカーは、なぜかシャルロッテの全身全霊の告白に、きょとんと目を丸くしていた。


 冷徹さが売りのオスカーにしては珍しい表情で、これはこれでいいのだが、今は堪能している時ではない。ここは勝負どころだ。



「私、実は昔、困っていたところを公爵さまに助けて頂いた事があるのです。その時から、ずっとお慕いしておりました。公爵さまは私の初恋の人です」



 シャルロッテは胸に手を当て、心を込めて告白した。だが、告白され慣れてるオスカーには今いち・・・というか全く響いていない様だ。


 顔を赤らめる事も照れる事もなく、むしろ無表情で「それが本当なら」と口を開いた。



「君の提案は余計に矛盾している。俺の事が好きだと言うのなら、半年で離婚を希望する理由が理解できない」


「ええと、実はそれも理由があります。こちらを見て下さい」



 シャルロッテは用意していた書類の最後の一枚、医師が作成した診断書をテーブルの上に置く。


 それから、手にはめていた白手袋を外した。



「・・・っ」



 シャルロッテの手の―――半分以上が青く染まった爪を見て、オスカーは小さく息を呑んだ。



「アラマキフィリス・・・しかも既に中期か」



 その言葉に、シャルロッテは静かに頷いた。



「私の余命はあと1年もありません・・・だから、たとえお慕いする人との結婚でも、私が望めるのはせいぜい半年なのです」







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