都合がいいでしょう?


 


 幸い、オスカーとシャルロッテの父ジョナスの間には多少の接点があった。

 ジョナスとオスカーは、事業上の取引関係にあるのだ。



 今回、シャルロッテは父の伝手で面会を申し入れ、マンスフィールド公爵邸を訪れていた。



 名目は事業の条件変更の提案。


 だが、屋敷を訪れたのが取引相手のジョナスではなく、彼の娘シャルロッテだった為、当然ながらオスカーの警戒心は最初からマックス状態になっていた。



「ええと・・・」



 シャルロッテは、絶対零度の視線を向けるオスカーを前に途方に暮れた。まだ何も言ってないのに、既に断られる予感しかしない。



 ―――いやいや、最初から弱気になってどうするの。



 シャルロッテは数回の深呼吸をしてから、意を決して口を開いた。



「今日はよろしくお願いいたします。父の代わりに事業の提携条件の変更を提案しに参りました、シャルロッテ・ケイヒルです。

今回の提案は、少なからず私の抱える事情が関係しております。その説明もあって、父に代わって私が伺わせていただきました」


「・・・」



 オスカーは無言。


 シャルロッテはこくりと喉を鳴らし、再び口を開いた。



「思いきり私情わたくしごとの提案になります。ですから、もし公爵さまが今回のこの話をお断りになっても、それは私の提案を拒否するのであって、父との事業関係には影響しないと先にお約束しておきます」



 オスカーは微かに目を見開くと。ようやく言葉を発した。



「・・・取り敢えず話を聞こう」


「っ、ありがとうございます。では、単刀直入に申し上げますね」



 シャルロッテは、スッと背筋を伸ばすと、一つ咳払いをしてから厳かに言った。



「マンスフィールド公爵さま、半年間だけ私と結婚して下さい」


「・・・・・・・・・は?」



 たっぷりと間の後、少し低くなった声が短く聞き返した。


 シャルロッテは一瞬、怯むも、もう一度言った。



「半年間だけ、私と結婚していただきたいのです」


「・・・俺と令嬢が? 結婚? しかも半年だけ・・・?」


「はい。もしこの提案を受けてくださるなら、ケイヒル伯爵家はこの先10年、こちらの条件でマンスフィールド公爵家との事業を続ける意思があります」



 シャルロッテは、一枚の紙をテーブルの上に置いた。

 娘の恋の応援として、父ジョナスが考えた事業条件の変更案が書かれているものだ。



「これは・・・」



 オスカーは静かに視線を走らせ、その内容に信じられないと眉を顰めた。



「・・・これではケイヒル伯爵の側にろくな利益が出ないではないか。これを10年? 君との半年間の結婚の見返りに? ちょっと待て、訳が分からない」


「それとこちらもご覧ください」



 シャルロッテは更にもう一枚、紙を取り出し、テーブルに置いた、



「私の個人資産目録になります。私との半年限定の結婚を承諾して下さるなら、お別れの際に感謝の証として、これら全てを公爵さまにお譲りするつもりです」


「・・・」


「あ、あの、後になって離縁は嫌だと私がゴネる心配はしなくても大丈夫ですわ。なんなら、あらかじめ離縁届けにサインして結婚前にお渡ししておきます」


「・・・令嬢」


「ええとそれから、離縁する日になったら速やかに出て行くと約束します。そうだ、あらかじめ屋敷を出る日を決めておくのも―――」


「・・・令嬢、そこまでだ」



 捲し立てるように早口で話すシャルロッテの声をオスカーが遮った。

 見れば、オスカーは眉間を指でぐりぐりと揉みながら、大きな溜め息を吐いているではないか。



 シャルロッテは、ぐっと唇を噛んで俯いた。



 失敗、したのだろうか。


 やはりオスカーとの結婚は無謀すぎる野望で、手を伸ばすべきではなかったのだろうか。



 落ち込む様子を見せるシャルロッテに、オスカーは少しだけ鋭さが柔らいだ視線を向けた。



「令嬢、俺は誰とも結婚するつもりがない」


「・・・それは、知っています。有名な話ですから」


「ならば余計理解に苦しむ。たった半年の結婚生活の為に、父親の事業を巻き込んだ挙句、君の個人資産まで寄越すなんて」


「・・・それだけの事をしてもいいと、私も私の家族も思っているのです。それに、公爵さまにとっても都合がいい話ではありませんか? 今、第二王女殿下との縁談話が持ち上がりかけていると聞いています」


「・・・」


「王家が相手では、これまでのように簡単には断れません。もちろん、公爵さまがリベット王女殿下を望まれるのなら、問題はないでしょうが」


「リベットと結婚するつもりもない」


「でも、いざとなったら王命が出されるかもしれませんよ?」


「・・・」



 あり得ない話ではないと分かっているのだろう。オスカーは黙り込んだ。



 第二王女リベットは現在20歳。


 少々、いやかなり我が儘な性格で、社交界でも要らぬ揉め事をよく起こす人物である。


 難ありの性格故に、第一王女のように他国に嫁がせるのは憚られ、けれど国内で身分と年齢の釣り合う貴族令息には、皆既に婚約者が決まっていて。


 結果、ロックオンされたのがオスカーだ。


 リベットはもともと美丈夫のオスカーがお気に入りで、今までも高飛車な態度で彼にまとわりついては冷たく躱されていた。


 これまではその程度で終わっていたのだが、婚約者が見つからないまま20歳になると、今さら国王が焦り始めた。

 だから、迷惑な親心から王命という最終手段を使う可能性はそこそこ高くなってきているのだ。



 沈黙するオスカーに、シャルロッテが告げた。



「だから、その前に他の相手と結婚してしまうのはどうかと思ったんです」


「他の相手・・・それはつまり―――」


「はい、私です」








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