半分こ



「眠れたようだな、隈が薄くなっている」



 午後、シャルロッテの部屋にまで迎えに来たオスカーは、シャルロッテの顔を見て、安堵したように言った。





 2刻ほど休んだシャルロッテは、朝よりも顔色は明るく、アニーが施した化粧で隈もほぼ消えた。


 朝食後すぐベッドに入ったシャルロッテ。


 だが本人が危惧した通り、最初なかなか眠れなかった。

 結局は眠れた訳だが、睡眠に効いたのはリラックス効果のある茶でも香油でもなく、アニーによるビジネス書の朗読だった。


 小難しい本を、横になったシャルロッテの枕元で小声で読んでもらったのだ。



 眠って少しすっきりした後は、アニーや他の侍女たちの手によりおめかしされ、薄緑色のシンプルなワンピースを着た町娘風のシャルロッテが誕生した。



「行こうか」



 オスカーは手を差し出した。


 シャルロッテが驚くと、「手を繋ぎたいと前に言ってたろう」と苦笑された。


 確かにシャルロッテは前にオスカーに言った事がある。『手を繋いでみたい』と。

 確か、ふた月くらい前のことだ。


 あの時オスカーはシャルロッテの願いを聞き入れ、結構な時間、手を繋いで庭を歩いてくれた。



 ―――あの時だけかと思っていたのに。



 なんだか胸の奥がくすぐったくなるのを感じながら、シャルロッテはそっと自分の手をオスカーのそれに重ねた。




 それから馬車に乗り、ガタゴトと移動すること半刻。


 シャルロッテとオスカーは、マンスフィールド領で最も賑わう通りに来ていた。



 シャルロッテが希望したのは商店街を見て歩く事とカフェでのお茶だ。


 わざわざ時間を作ってシャルロッテを誘ってくれたオスカーへのお返しに、デートをしながら縁談よけの役目を果たそうと考えたのだ。


 つまり、人目のつくところでシャルロッテとオスカーの仲睦まじい姿を多数に目撃してもらい、2人の噂が自然と他人の口に上るようにする作戦だ。



 という訳で、別に欲しいものも特段ないが、店を覗きながら2人で通りを巡り、その後はカフェでお茶をした。


 なるべく多くの人に見てもらう為に、カフェでは個室を使わず、通りに面したオーブンスペースに座らせてもらう。


 警護の都合上、オーブンスペースは貸し切りにして、周囲のテーブルには護衛の人たちが座った。



 オスカーはラフな格好をしていたが、当然ながら美貌は全く隠せていない上に、領主として顔が知られている為、歩き始めて早々にお忍びとバレた。


 街の人たちは、オスカーの横にいるシャルロッテを見て、とても驚いていた。


 結婚を知らなかった訳ではない。


 領内の神殿で結婚式を挙げた事もあり、領主の結婚はそれなりに有名な話だった。


 だがオスカーが女嫌いで知られていた事もあり、半信半疑の者たちが多かったのだ。


 なのに、彼らが見たのは手を繋いで歩く2人。そう、シャルロッテとオスカーは、馬車を降りてからずっと手を繋ぎっばなしなのだ。



 カフェに入ってお茶とケーキを注文した頃には、オスカーもシャルロッテの意図を察したのか、態度がより砕けたものになっていた。



 そして今、そんな2人が座るテーブルの上には、カフェが提供するケーキの全種類がずらりと並べられている。



 シャルロッテはその一つをフォークで切り分け、ひと口食べると幸せそうに頬を押さえた。



「ん~! オスカーさま。これ、酸味が効いてさっぱりした甘さですよ。すごく美味しいです」


「こっちは、酒の香りがほのかにして大人の味だ。試してみるか」


「じゃあオスカーさまは、こちらを味見してみますか?」



 さて、何をしているかお分かりだろうか。

 そう、ケーキを半分こして食べているのだ。



 発端は、メニューを見てどのケーキを注文しようか迷うシャルロッテを見て、オスカーが全種類をオーダーした事からだった。



 あっという間にテーブルの上がケーキの皿で埋め尽くされ、その数の多さにオスカーがやり過ぎたと反省し。



 そして提案したのだ、自分も手伝うと。



 オスカーは知らなかった。


 かつてシャルロッテは、願い事リストに書いた夢を叶える為に、王都の某有名ケーキ店に行き、ひとりで全種類のケーキを制覇している事を。



 甘いものは別腹で底なし。それがシャルロッテだ。



 だが、それを知らないオスカーは、シャルロッテを手伝うべく自らフォークを持ち、ケーキを半分に切って食べ始めた。


 丸ごと一個食べて数を少なくするのではなく、ケーキを半分ずつ食べてボリュームを減らし、シャルロッテがそれぞれの味を楽しめるように考えたようだ。


 もちろん底なしシャルロッテに限っては、本当は要らぬ気遣いである。



 だが、シャルロッテがここでそれを告げる事はない。



 ケーキのボリュームが減るよりも、大好きな人との半分こ。



 互いに目の前のケーキを半分食べては感想を言い合い、お勧めしたり、相手の好みを知ったりして。


 まるで本当の恋人同士のような遣り取りを、シャルロッテは全力で楽しんだ。




「すごく楽しかったです。忙しいのに時間を作って下さって、ありがとうございました」


「君が喜んだならよかった」



 無事に全種類のケーキを制覇し、公園などを散策してから馬車に戻った後、シャルロッテはオスカーに礼を言った。



 今日の午後の一件で、シャルロッテとオスカーの結婚についての噂はヒートアップする事だろう。仲のいい夫婦だと。


 契約が終了してシャルロッテがいなくなった後、もしオスカーが後妻を勧められても断りやすくなる筈だ。



 ―――自分がいなくなった『その後』の事を考えると少し胸が痛むけれど。



 そんな思いがふとよぎったシャルロッテは、馬車の窓の外、流れる景色を眺めながら、それは欲張りすぎだと自戒した。









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