破壊力は抜群




 翌朝、ダイニングに現れたシャルロッテを見て、オスカーは驚いた。



「どうした、酷い顔だが」



 その言葉に、シャルロッテの動きがピシリと固まる。


 オスカーがその反応に小さく首を傾げていると、彼の背後から「んんっ」と咳払いするのが聞こえた。彼の最側近レナートだ。


 それに気づいたオスカーがレナートに視線を向けると、彼は無言でぱくぱくと口を動かし、何かを訴えた。


 それを暫し凝視していたオスカーだが、やがて慌てて視線をシャルロッテへと戻した。



「シャルロッテ、酷いと言ったのは君の目の下の隈の事だ」


「くま・・・酷いのは顔ではなくてくま・・・よ、よかった・・・」



 正気を取り戻したシャルロッテは、自分の目元にそっと手を当て、安心したように息を吐いた。



「その、言い方が悪くてすまなかった。体調を崩したのかと少し焦ってしまった」


「実は、昨夜なかなか寝つけなかったのです。目の下の隈は、きっとそのせいですね」


「寝不足・・・そうか」



 なんでもないと伝えたくて説明を付け加えたのだが、逆にオスカーは顎に手を当て何やら思案し始めてしまう。

 なんとなく悪い予感がしつつも静かに待っていると、やがてオスカーはこんな事を言い出した。



「睡眠不足を軽く見てはいけない。後で体調を崩したら大変だ。今日の午後の予定は取り止めにして部屋でゆっくり休・・・」


「いえ、ダメ! それはダメです!」



 話を最後まで大人しく聞く事は出来ず、シャルロッテはオスカーの言葉を遮った。

 せっかくのデートチャンスなのだ。目の下の隈ごときで潰れてしまっては悲しすぎる。



「大丈夫です、今日の午後が楽しみすぎて、なかなか寝つけなかっただけですから」


「・・・楽しみにしてくれたのは嬉しいが、君の体調の方が大切だ」


「オスカーさまが頑張って空けて下さった時間なのに、もし行けなかったら、悲しくて残念で心残りになりすぎて、それこそ本当に具合が悪くなってしまいます」


「そこまで? いや、だが・・・」


「寝不足が問題なら、私、今からお昼まで寝てきます。そうしたら元気いっぱいになりますから」



 そう言ってシャルロッテは席から立ち上がった。それをオスカーが慌てて止める。



「本当に大丈夫です。眠れば隈は消えますから」


「あ、いや、寝るのはいい考えだと思うが、その、朝食をまだ食べてないだろう?」


「・・・へ? 朝食?」



 言われてシャルロッテは視線をテーブルの上に落とした。そこには朝食を載せた皿が手つかずのまま並んでいた。


 そう、そもそもシャルロッテはここに朝食を食べに来たのだ。

 だがすぐにオスカーから目の下の隈を指摘され、話が逸れに逸れて昼寝の話にまでなってしまった。



「・・・イタダキマス」



 シャルロッテは食いしん坊である。


 見栄を張るなら、このまま澄ました顔で退出するのだろうが、見栄でお腹は膨れない。


 若干顔が赤くなっている自覚はあるが、シャルロッテはカトラリーを手に取ってもくもくと食事を始めた。


 それを見て、オスカーもまた食事を始めた。



「・・・」


「・・・」



 最近は、食事をしながら他愛もない会話をするようになっていたから、こんな風に沈黙の中で食べ続けるのは久しぶりだ。



 気まずい訳ではない。


 けれど何となく―――寂しい、かもしれない。





「・・・オスカーさま」



 そう思った瞬間、シャルロッテはオスカーの名を呼んでいた。



「うん?」



 オスカーは食事の手を止め、顔を上げた。



「なんだ?」


「・・・あの」



 シャルロッテは何も考えていなかった。


 つい、うっかり、気がついたら名前を呼んでいたのだ。



 だが律儀なオスカーは、食事の手を止めたまま、シャルロッテからの言葉の続きを待っている。


 何か上手い言葉はないかと考えを巡らせるも、睡眠不足のせいか何も頭に浮かんで来ない。



「シャルロッテ?」


「・・・おはよう、ございます」


「ん? ああ、おはよう」



 ようやく捻り出したのが、朝の挨拶だった。



 ダイニングに足を踏み入れて早々に目の下の隈を指摘されたから、今日はまだ挨拶をしていなかった。



 だからと言って、食事の最中に呼びかけてまでする事では勿論ない。



 だがオスカーは、別に不思議がる様子もなく挨拶を返すと、「うっかり挨拶を忘れていたか」と言って、ふっと小さく笑った。




 ―――破壊力は抜群だった。





 これからお昼まで眠って目の下の隈を消さなくてはいけないというのに。


 シャルロッテの胸は、ドンドコドンドコとやたら煩く鳴り始めてしまったのだった。






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