こぼれ話 急ギ、夫婦ノ部屋ヲ、トトノエルベシ
主不在のマンスフィールド公爵邸に、電報が届いた。送ってきたのは、主人オスカーに付き従ってトーベアナ王国に向かっていた側近のレナートだ。
『船、3日後ニ到着。急ギ、夫婦ノ部屋ヲ、トトノエルベシ』
「やった・・・っ!」
侍従長は、静かにガッツポーズを取ると、横で心配そうに待機する侍女長ダリアにもその電報を見せた。
「夫婦の部屋・・・では・・・」
オスカーだけなら使わない、というか使う意味のない夫婦の部屋。その部屋をととのえるようにという電文は、やっとその部屋の出番が来たということ。そう、1年以上ぶりの、マンスフィールド公爵夫人のご帰還である。
「・・・っ、こうしてはいられないわ。完璧な準備をしなくては」
オスカーとシャルロッテの契約結婚について知っていたのは、側近レナートと、侍従長と侍女長の3人だけ。
だから、今はここにいないシャルロッテが、実は世間で言われているようにアラマキフィリスで別邸にて静養中・・・ではない事を、この3人は知っている。トーベアナ王国にトンズラした妻を追いかけ、オスカーが何度も何度もシャルロッテに会いに行ってはことごとく空振りに終わっている事も。
船が港に着くのが3日後、いや、電報を送った日から逆算すると明日には到着する筈。港からマンスフィールド領まで馬車で4日かかるから、オスカーとシャルロッテの到着は今日から5日後になる。
屋敷中を、そして夫婦の寝室をぴかぴかに磨き上げるのに十分、そう考えた侍従長は、早速使用人たちをホールに集めた。
「旦那さまより連絡がありました。本日より5日後、奥さまが遂に療養地からお戻りになられます。お迎えの準備を・・・特に、夫婦の寝室は完璧にととのえておくように」
シャルロッテが1年とふた月前にアラマキフィリスに罹り、病気療養で別邸に行ってしまったと信じている使用人たちは、遂に届いた帰還の知らせにわあっと歓声を上げた。
「塵一つない状態でお迎えせねば」
「窓を磨き直すわよ」
「夫婦の寝室にアロマキャンドルを」
「薔薇の花びらをベッドの上に散らすのはどうでしょう」
「最高級の香油を揃えないと」
1年と半年前の結婚式では、オスカーが指をちょいとナイフで切ってシーツの上に血を垂らしてごまかした『なんちゃって初夜』。
その真相について知らない使用人たちは、実は5日後が本当の初夜となるとも知らず、久しぶりの奥さまのご帰還の知らせに浮かれに浮かれ、準備を進めた。
そして5日後。
使用人たち全員が外に出て待ち構える中、止まった馬車からゆっくりとオスカーが顔を出した。腕の中にはシャルロッテ。何故か抱きかかえての下車である。
「オ、オスカーさま・・・歩けますから。皆にびっくりされてしまいます・・・っ」
トーベアナから船上、そしてマンスフィールド領まで、ほぼずっと抱きかかえられての移動となったシャルロッテは、『またいなくなってしまうかと不安で仕方ない』というオスカーの台詞に少々の後ろめたさを感じるのか、ずっと大人しく抱っこされていた。
だが、使用人たちの前ではさすがに恥ずかしさが勝ったらしい。シャルロッテは真っ赤な顔で抗議した―――が、もちろん効果はない。
そんなシャルロッテだったが、すぐに注意が逸らされ、ぱちくりと目を見開き、きょろきょろと周囲を見回し始めた。
見れば、馬車の降り口からエントランスまで、長い長いレッドカーペットが敷かれているのだ。そして頭上からは大量の花びらが、はらはらと降っている。更に使用人たちからは、割れんばかりの拍手と「奥さま~!」とか「お帰りなさいませ!」の声が届けられた。
「あ、ありがとう・・・皆さまには心配かけてごめんなさいね」
オスカーの腕の中、シャルロッテがそっと手を振ると、更にわっと歓声が上がる。
嬉しいやら恥ずかしいやらで動揺しまくりのシャルロッテに対し、さすがは氷の公爵と異名を取ったオスカーは、無表情でずんずんとシャルロッテを抱えたままレッドカーペットの上を進んで行った。
「・・・あの、オスカーさま。前はこんなカーペットなんて敷かれてましたっけ・・・?」
「・・・いや、初めて見たな」
「ええと、この大量の花びらは・・・?」
「・・・木の上に籠を持ったフットマンたちが見えるから、あいつらの仕業だろう」
「ふふ、ありがたいですね」
「そうだな。シャルの帰りを待ち侘びていたのは、俺だけではなかったという事だ」
「嬉しいです・・・あっ」
レッドカーペットやら、大量に降り注ぐ花びらやら、ずらりと並んだ使用人たちからの拍手やらに気を取られていたシャルロッテは、エントランスの扉の上に大きく掲げられたものに気づき、声を上げた。
そこにあったのは大きな横断幕。ででんと大きく『歓迎♡ お帰りなさい、奥さま! お待ち申し上げておりました』と書かれていた。
皆の気遣いと優しさにうるうるしていたシャルロッテだが、残念なことにその感動は長く続かなかった。といっても嫌なことがあった訳ではない。
ただ・・・オスカーの腕の中にいたから、聞こえてしまっただけだ。エントランスホールに入った後に、侍従長がこそっとオスカーに耳打ちした言葉が。
「旦那さま、夫婦の寝室の準備はばっちりでございます」
「うむ、よくやった」
―――・・・っ!
今、なんて? 夫婦の寝室の準備が・・・バッチリ・・・?
ボボボッとシャルロッテが一瞬で真っ赤に染まりあがった事は言うまでもない。
~~~~
初夜までいかんかった・・・(´;ω;`)
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