知らぬが・・・?
オスカーの目論み通り、各貴族家に結婚式の招待状が届いたのは式の前々日だった。
結婚式そのものは午後に開かれるとはいえ、こうも急では参加はほぼほぼ不可能だろう。
シャルロッテとしては願ったり叶ったりだ。知らない客が増えれば増えるほど緊張するし、家族が参列してくれれば満足だ。
シャルロッテは、ただただ初恋の人との結婚が叶ったこと―――恋の成就とは言えないが、大好きな人の側にいる権利をもらえたこと―――が嬉しいのだから。
アラマキフィリスに罹ったと初めて知った時は悲しかった。はっきり言って絶望した。
だが考えてみれば、不治の病に冒されたからこそ破れかぶれで突撃し、オスカーとの結婚が叶ったのだ。
今はもう、シャルロッテの左手の人さし指までが青く染まり始めている。
毎日毎日、命のカウントダウンを見させられている気持ちは正直言って複雑だが、考え方次第で幸せを見つけられると気づいた。
そう、アラマキフィリスにはなってしまったけれど、そこから生まれた良いものも確かにあったのだ。
―――泣いても笑っても死ぬ日は決まっているのだもの。こうなったら、人生最後の日まで前のめりで突き進んでやるわ。
今日はいよいよ結婚式だ。
マンスフィールド領で一番大きな神殿で、シャルロッテはオスカーの半年間だけの妻となる。
家族が用意してくれたウェディングドレスを着たシャルロッテは、あらかじめ立てていた計画を頭の中でおさらいした。
オスカーとの結婚生活を満喫した後は円満に離縁。それを発表するかしないかはオスカーに任せる事にする。
シャルロッテはその後、家族と少しの期間共に過ごし、それから個人で購入した別荘へと移り住む。
アラマキフィリスは、穏やかに死ねるのがせめてもの救いだ。最期はゆっくりと心臓の動きが止まり、眠るように亡くなる。
その死の瞬間を、シャルロッテは自分が生まれ育った家以外の場所で迎えたかった。家族に自分が死ぬところを見せたくなかった。
それで何が変わる訳でもないのだろう。けれど、自分にとって幸せの象徴とも言えるケイヒルの家を、どうしても自分の死で染めたくなかったのだ。
だから、その別荘に連れて行くのは侍女のアニーひとりと決めている。
―――小指の爪が水色から青に変わり始めたら別荘に移るの。大丈夫、きっと最期の瞬間は、そう悪くない人生だったと笑える筈だから。
そうよ。だって私は今日、大好きなオスカーさまの妻になるんだもの。
シャルロッテは目を開け、前に置かれた鏡に映る自分の姿を見た。
そこに映っているのは、化粧を施され、髪を美しく結われ、綺麗なウェディングドレスを着た自分。
どんな魔法を使ったのか、見慣れたいつもの自分とは全く別人の綺麗な花嫁がそこにいた。
「・・・うそ、これが私? すごい可愛いんだけど」
思わずそんな言葉が口から漏れ、横でヴェールを用意していたアニーが、ぷっと吹き出した。
その時、扉をノックする音がした。
返事をすると、現れたのは両親と上の兄だった。
「やあ、美人の花嫁さんだ」
「本当、とても素敵よ、シャル」
「ああ。世界一可愛い」
「ふふ、ありがとう。私も鏡を見てびっくりしちゃった」
シャルロッテの盛り盛りのドレス姿を見るのは初めてだ。本当なら15歳の時に王城でデビュタントを迎える筈だったが、その年に発病が分かって敢えてデビューを見送ったから。
理由は単純、シャルロッテの『死ぬまでにやりたい事リスト』達成を最優先する為。
その事自体は後悔していないが、完璧に着飾ったドレス姿を見るのは本人を含めて家族全員が初めてなので、少しばかりそわそわしてしまう。
そして同時に、今ここにいないひとりの人を思い浮かべ「ドレス姿を見せたかったな」と思った。
そう思ったのはシャルロッテだけではなかったようだ、兄ランツがぽつりと呟いた。
「・・・イグ、帰って来ないな」
「今頃どこにいるのかしら。何の連絡も寄越さないけど」
「あいつの事だから生きているとは思うが、シャルの花嫁姿を見せてやれないのが可哀想だな」
心配そうに、そして残念そうに父と母が言うと、ランツが再び口を開いた。
「僕もあちこち手を回したけど、見つけられなかった。まだ国外にいると思う。シャルの結婚式の事を聞いたら、イグは絶対ここに来てる筈だからね」
イグとはもちろん、ケイヒル伯爵家次男イグナートの事だ。
『世界のどこかに、シャルロッテの病気を治す薬がきっとある』と言って家を飛び出したきり、1年と3か月ほど行方知れずの、やんちゃで行動派なシャルロッテの2番目の兄。
「そう、ね。イグ兄さまにも、私の一生に一度の花嫁姿を見てもらいたかったわ」
もう一度、鏡に映る別人のように綺麗な自分に視線を向け、シャルロッテは言った。
―――けれど。
実は、そのイグナートが2日前の夜には帰国していて、昨日シャルロッテの結婚について知り、今まさにこの神殿に大慌てで向かっている事をシャルロッテたちは知らない。
そして、彼がとんでもない知らせを携えている事も。
まだ誰も知らない。
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