こうして最後の項目が追加された



 ―――なあ、シャル。思いきってマンスフィールド公爵に結婚を申し込んでみるのはどうかな?



 父ジョナスに初めてそう提案された時、シャルロッテは驚きすぎて、暫く言葉が出てこなかった。



 だって、ジョナスが口にしたのは『結婚』である。『告白』でも『デート』でも『お付き合い』でもない。『結婚』なのだ。



 しかもシャルロッテの想い人は、女嫌いで有名なオスカー・マンスフィールドだ。


 オスカーはよほど結婚したくないらしく、後継はどこかから養子を取ると公言してはばからない。

 今年で30になるというのに、これまで婚約者がいた事すらないという筋金入りだ。


 令嬢への対応は常に非常に冷たく素っ気なく、絶対零度の視線は、ただ向けられるだけで令嬢たちが凍りつくなどとまことしやかに噂されるほど。


 それでも、オスカーの人気が陰りを見せる事はない。今も連日のように大量の釣り書きがマンスフィールド公爵のもとに届いているとかいないとか。


 王家の縁戚であり公爵でもあるオスカーは、身分や血筋において文句なしの優良物件だ。それに加えて、オスカー自身がとんでもない美男子というのが、さらに人気を後押ししていた。


 白銀の髪に涼しげな青色の瞳、すっと通った鼻すじに薄い唇。全てのパーツが完璧な位置に完璧な形で収まっている。


 広い肩幅に厚い胸板、嫌味かと言いたくなるほどの長い足。

 爵位を継ぐまで騎士団に所属していたせいか、全身に程よく筋肉のついた均整のとれた体格をしており、加えてかなりの長身だ。


 騎士団に所属していた頃から相当な人気で、連日騎士団の鍛錬場に突撃して来る令嬢たちが後を絶たなかったらしいが、爵位を継いでマンスフィールド領に戻った今、夜会などを除けば表立って会う機会はほとんどない。

 その為、会えた時の令嬢たちのアピール合戦は苛烈さを増していく一方だった。




 


 ―――そんなオスカーさまに結婚を申し込む・・・?


 それって、周りから正気を疑われるレベルの行動ではないかしら・・・?




 シャルロッテは、家族の提案が聞き間違いではないかと疑った。それくらい信じられなかったのだ。



 それはもはや願いというより壮大な野望。図々しすぎて、心残りと言うのも烏滸がましい気がしてならない。



 だが、気後れするシャルロッテに父たちは言った。



「短期間の結婚なら公爵も受け入れる可能性があると思う。実は今、公爵はちょっと厄介な相手に迫られてるんだよ。もちろん、こちら側から他に可能な限りの好条件を示すつもりでいる。

まあ、決定権はマンスフィールド公爵にあるから、必ず承諾してもらえるとはシャルに言ってあげられないけれど」




 ―――それでも一度、申し込んでみてもいいと思うんだ。




 そんな無茶な、とシャルロッテは思った。


 だってオスカーは、これまで何十人、何百人(?)もの令嬢たちからの求婚をバッサバッサと断ってきた人だ。シャルロッテだって秒で断られて終わりだろう。



 フラれると分かっていて、結婚を申し込むなんてそんな―――




 ―――でも、待って。


 私には、あと1年と半年しか時間が残ってないのよね?



 挑戦もしないで諦めて、それでいいのかしら?


 何をしたとしても、何もしなかったとしても、未来は変わらず私は死ぬのに?



 もし、私の人生がもう少しで本当に終わるのなら。



 どうせ死ぬのなら、最後にちょっとくらい大それた夢を見ても―――そう、一か八か結婚を申し込んでもいいような気が・・・しないでもない。




「・・・そうよね」



 シャルロッテは、ぽつりと呟いた。



「少しくらい壮大な夢を見たっていいわよね。フラれても1年半しか時間は残ってないのだし。どうせなら、悔いなく人生を走り抜ける事にするわ・・・っ!」


「よく言った、シャル!」


「それでこそ私たちのシャルよ!」


「よ~し! 皆で公爵が一考したくなるような条件を考えるぞ~っ!」




 こうして、シャルロッテのやりたい事リストの最後に、『オスカーさまとの結婚』という項目が書き足されたのだった。




 

 

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