難病アラマキフィリス


 シャルロッテの焦げ茶色の髪は、この国ではよく見られる、いわゆる平凡な色だ。だが手入れの行き届いた艶々の髪は、今日も窓から差しこむ日の光を反射してキラキラと美しい。


 そして、彼女の濃い緑色の瞳は夏の木々の葉を思わせ、見る人に爽やか且つ穏やかな印象を与えた。


 とびきりの美人とまではいかないが、それなりに整った顔立ち。笑うと片頬に出るエクボがチャームポイントと彼女の家族は褒め称える。


 家の爵位は伯爵と中位だが、事業を手広く営むケイヒル家はそこそこの金持ちだった。


 両親の仲も良く、家庭環境も良好。

 末っ子でたった一人の女の子でもあるシャルロッテは、両親と兄2人から可愛がられて育った。



 特上とまでは行かないかもしれないが幸せである事に間違いない、それがこれまでのシャルロッテの人生だった。

 こんな感じの人生がこれからも続くのだろうと誰もが漠然と信じていた―――そんな未来は、けれど一年前に一転した。



 ―――シャルロッテが、不治の病『アラマキフィリス』に罹ったと知った時に。





 それはシャルロッテが15になったばかりの時、半年後にデビュタントを控え、そろそろ婚約者を決めようね、なんて話が家族内で出始めた頃だった。


 アラマキフィリスは、徐々に心臓の機能が衰えていき、最後にはその動きが止まって死ぬ病気だ。

 原因も、治療法も、特効薬もない謎の病。

 にも関わらず、実にあっさりと病名が特定されたのは、アラマキフィリスに罹った者には、ある特有の症状が表れるからだ。


 それは爪色の変化。アラマキフィリスに罹った人の爪色は、右手の親指から順に青に変色していくのだ。


 全ての爪が青に変わってから約1週間後には心臓の動きが完全に停止する―――つまり死ぬ。それがアラマキフィリスという病。



 当時のシャルロッテは、右手親指の爪が薄らと青に染まり始めていた。


 医師によると、シャルロッテに残された時間はあと約2年。



 健康優良児で、これまで風邪ひとつひいた事がなかったシャルロッテの突然の発病、そして突然の余命宣告に、本人は勿論、ケイヒル家全体が悲しみに包まれた。


 アラマキフィリスに効く薬がないのは、有名すぎる話だ。

 

 それでも、シャルロッテの家族は希望を捨てなかった。

 父ジョナスは国内の医師全てと連絡を取り情報を集め、長兄ランツはアラマキフィリスに関する医学論文をあるだけ取り寄せて内容を精査し始めた。

 次兄イグナートに至っては「他の国なら薬があるかも」とその日のうちに家を飛び出してしまった。実は今も帰って来ていない。



 シャルロッテ本人はショックで部屋に引きこもり、2週間ほど泣いて暮らした。


 だがその後、ハッと気づく。


 残された時間はあと2年しかない。なのに、そのうちの2週間をただ泣くだけで終わらせてしまった。これでは時間が勿体ない。限られた時間を、最大限有効に使わなくては。



 シャルロッテは起き上がり、『死ぬまでにやりたい事リスト』を作成し始めた。



 心残りがないように、最期は笑って家族にさよならを言えるように。


 頭に浮かんだ願いを、思いつくままあれやこれやと書いていく。


 書き終えたら、あとはリストの項目を一つ一つ達成していくだけだ。


 幸い、なかなかの資産家であるケイヒル伯爵家は、既に子どもたちにかなりの額の個人資産を渡していた。


 多少の我が儘も、それを使えば家にあまり迷惑をかけずに実行できるだろう。



 こうして、シャルロッテは『心おきなくやりたい事リストを達成しよう活動』を開始した。



 家族はとても協力的で、シャルロッテの個人資産など使わなくても、どんどんリストに書かれた事をやらせてくれた。

 

 お陰で、シャルロッテのリストには、次々と達成済みのチェックが入っていく。


 気づけば、僅か半年ほどで約3分の2の願いを叶え終えていた。




「というか、シャルの願いがささやかすぎるんだよ」


「もっとすごい事をお願いしてくれていいのよ」


「私たちも出来る限りの協力は惜しまないから」



 そんな事を家族に言われ、素直なシャルロッテは「それなら」と、これまでずっと胸の奥に秘めていた初恋を―――無謀すぎるからとリストにも書かずにいた、オスカー・マンスフィールド公爵への恋心を打ち明けた。




 ずっと昔、オスカーとシャルロッテはとある場所で会った事がある。


 恐らくオスカーは覚えてもいないであろう一瞬の出会い。けれど、シャルロッテにとっては運命の出会いだった。


 その時からずっと、シャルロッテは胸の奥で大事に大事に恋心を温めていたのだ。



 

 とは言うものの、シャルロッテは最初、結婚などという大それた事は考えていなかった。


 死ぬ前の思い出作り、それくらいの気持ちで、オスカーへの告白とか短期間のお付き合いとか、あるいはせめて一回のデートとか、その程度を希望していたのだ。


 だが、家族は余命僅かなシャルロッテの、最初で恐らくは最後になるであろう恋を全力で応援しようとあれこれ考えた。



 父ジョナスは言った。「最近マンスフィールド公爵は、王女殿下に付き纏われて迷惑がってるらしいぞ」



 母ラステルが呟いた。「いつまでもフリーだから狙われちゃったのね。リベット殿下のお相手は大変でしょうに」



 長兄ランツがぽつりと漏らした。「なら、いっそ縁談よけになるとか言って、シャルをお嫁さんにしてもらうのはどう? 病気の事があるから、ほんの短い期間になるだろうけど」



「「「・・・・・・」」」



 3人は、無言で顔を見合わせた。


 そして、コクコクと頷き合う。


 もともと仲のいい家族が、これまで以上に一致団結した瞬間だった。





 


 


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