シャルロッテの『死ぬまでにやりたい事リスト』
―――時は、1年ほど前に遡る―――
「ふう、全種類を制覇できたわ。ああ美味しかった」
カイラン王国の王都カイネリアの貴族エリアにある商店街。
そこに店を構える国一番と評判のケーキ店、『シャンネリーゼ』からお腹をさすりながら出てきたのは、店内でケーキバイキングを堪能した少女。名をシャルロッテ・ケイヒルと言う。
淑女らしからぬ
「お嬢さま、手袋にクリームが・・・」
「あらやだ、本当だわ。ここでは外せないから馬車に戻らないと」
カスタードクリームだろうか、レースの縁飾がついた白手袋の指先付近に黄色い点を見たシャルロッテは、残念そうに眉を下げると馬車へ急いだ。
一年前から、シャルロッテは人前では常に白手袋を付ける事にしている。
食事中もその決まりは変わらず、当然、今日のケーキバイキングも手袋を着用したままケーキを堪能した。
可愛いらしいレース付きの白手袋はシャルロッテのお気に入りだった。王都に来るからとおしゃれしたのが仇になってしまった。
シミにならないといいとシャルロッテは思う。これまでにもソースやお茶とかがはねて使えなくなった手袋は既に沢山あるから。
そもそも、最初から手袋を脱いでおけばこんな事にならない。それはシャルロッテも侍女も分かっている。それでも、侍女はそう言わないし、シャルロッテも人前で手袋を外さない姿勢を絶対に崩さない。
何故なら、手袋は外さないのではない、外せないのだ。
シャルロッテの爪の色は人とは違っている。右手の爪全てと、左手の親指の爪が青いのだ。
正確に言うなら、右手の爪全ては紺碧の海のように真っ青で、左手の親指の爪は薄い水色。
けれど、その薄水色もあとひと月もすれば真っ青に変わる筈で、その変化は今は普通の色をしている残りの4本の爪にもいずれ起こる事なのだ。
馬車に戻り、クリームで汚れた手袋を外せば、鮮やかな青が現れ、シャルロッテはじっとその色を見つめた。
「今日の空よりも青いわ。本当、色だけなら綺麗なのよねぇ・・・」
横に座る侍女が困惑した表情を浮かべた事に気づき、シャルロッテは苦笑して誤魔化すように手を振った。
「アニー、私のリストを出してくれる? 終わったものに印を付けるから」
侍女は頷き、携帯していた鞄から一枚の紙とペンを取り出して渡した。紙には、箇条書きで項目が羅列してあった。
「よし、これでまた一つ達成・・・っと」
紙の真ん中辺りには『シャンネリーゼでケーキバイキング』という項目。
シャルロッテはその文頭にチェックを入れた。
「この一年、頑張ったお陰かしら。明日の王城見学が終われば、残る願いは遂にあと一つだけになるわ。
いよいよ、最後の願いの為に動く時が来たのね」
「では、公爵さまにお話を・・・?」
「ええ。実はね、来週に面会の申し入れを入れてあるの。お父さまたちの協力のお陰で、あちらにとってもメリットのある提案ができると思うわ」
「・・・お嬢さまの最後のお願いですものね。アニーも、陰ながら成功をお祈りしています」
「ありがとう。頑張るわ」
シャルロッテは手元のリストへと視線を戻した。
箇条書きがずらりと記された紙の一番上には、大きな文字で『死ぬまでにやりたい事リスト』と書かれている。
そう。
これは去年、突然不治の病に倒れ、余命宣告を受けたシャルロッテが自ら作成したリストだ。
限られた時間を有効に使おうと意気込み、小さな願い事や大きな願い事を思いつくままに書き込んだもの。
今回の王都行きも、リストに書いた願いを叶える為だ。
王家御用達のデザイナーにドレスをデザインしてもらうこと、シャンネリーゼのケーキを食べること、そして初の王城見学。
これらの願いの為、シャルロッテはケイヒル領からはるばる馬車で3日かけて王都に出て来た。
明日の王城見学を終えれば、先ほどシャルロッテが言った通り、リストに未チェックのまま残る願いは一つとなる。
そう、シャルロッテの最後の願い。
けれど、簡単には叶わない願いだ。
シャルロッテが視線を落としたリストの末尾には、こんな一文があった。
―――オスカーさまとの結婚―――
そう、『死ぬまでにやりたい事リスト』に書かれたシャルロッテの最後の願いは、初恋の人オスカーとの結婚なのだ。
と言っても、オスカーの方はシャルロッテの事をきっと覚えてもいないのだけれど。
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