無意識の意識
後で挨拶に行こうと考えていたオスカーは、執務室で仕事をしていた。
そこへ、対応を任せていた筈の執事長が現れたので不思議に思って理由を聞けば、診察をするから人払いを頼まれたと言われ、オスカーは驚いた。
アラマキフィリスは、一度病名が判明したらその後の診察は基本必要ない病気だ。
特効薬は存在しないし、病気の進行状態は爪の色を見れば分かるからだ。
命の期限を目に見える形で示す彼女の爪を、オスカーは一度だけ見た事がある。病気が本当であると示す為に、シャルロッテが見せたのだ。
だが、今後見るつもりはない。正直に言えば、見たくないのだ。
だって知りたくもない、シャルロッテがいつ死ぬか、その刻限を知らせる色など。
だから、診察という言葉が引っかかった。
執事長はアラマキフィリスと結びつけたようだが、その線での診察がないのだから、それはつまり。
アラマキフィリス以外で―――
「具合が、悪い・・・?」
―――そう言えば、夜会の翌日から様子がおかしかった。
よろける時があったし(注:筋肉痛)、どことなく疲れた顔をしていたし(注:筋肉痛)、時々うっと呻いた事も(注:筋肉痛)・・・
「・・・っ」
オスカーは勢いよく立ち上がった。
「旦那さま?」
レナートや執事長の声を背後に聞きながら、オスカーは廊下を足早に進む。
「シャルロッテ! 医者が来たと聞いたが大丈夫か? 何か体調におかしなところでも・・・っ」
ノックをするのも忘れ、扉を開ければ、テーブルを挟んで向かい合って座っていたシャルロッテと医師らしき男は、手を握り合っていた。
手を、握り合って。
いや違う、シャルロッテが両手で、包み込むように、男の手を握っているのだ。
―――なぜ?
オスカーの頭にまず浮かんだのは、そのひと言だった。
君は、俺が好きで、大好きで仕方ないのではなかったか?
患者が医者の手を握るのが診察だと言うのか?
どうして、そんな焦った顔をする? 見られてはまずい事でもしていたのか?
―――その男は何者だ?
「こんにちは、オスカー殿」
どうしてか不快感が湧き上がり、無意識に2人を睨んでいたオスカーは、室内に他にも人がいた事に、声をかけられてようやく気づいた。
シャルロッテの2番目の兄イグナートが、オスカーにニコニコと笑いかけている。
「・・・ああ、ようこそ」
オスカーは一気に冷静になり、小さく息を吐いた。
よくよく見れば、イグナートの他にもシャルロッテ付きの侍女も付いていた。
不貞の現場などではなかったのだ。
いや、不貞云々のその前に。
落ち着いて考えれば、シャルロッテは名ばかりの、書類上の妻なのだ。
シャルロッテからは好きだと言われたが、そもそもは互いに利益があって契約を結んだだけの関係で、しかも白い結婚で、本物の夫婦ですらなくて。
―――何をやってるんだ、俺は。
オスカーは目元に手を当て、自分の呆れた考えを振り払うように頭を緩く振った。
「あ、あの、オスカーさまもこちらにどうぞお座りになって、お茶でもいかがですか?」
その隙に急いで手袋をつけたシャルロッテが、オスカーに声をかけた。
「・・・ああ。頂こう」
どちらにせよ、シャルロッテが手を握っていたこの見知らぬ男が、どこの誰だか確認しなければならない。
間男かもしれないという、一瞬だけ浮かんだ疑惑は頭から追いやって。
オスカーはシャルロッテの隣にどさりと座った。
いつもより距離を詰めて座ったように見えるかもしれないが、それは勢いよく座ったせいだ。
そう、他意はない。
わざわざ座り直して距離を取る方が不自然だから。
だからこのまま。
シャルロッテと肩や膝がくっ付いている、この距離のまま。
オスカーは口を開いた。
「それで、こちらの方は・・・?」
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