彼の名はミルルペンテ



 夜会から1週間が経ち、王城ではリベット第二王女の突然の結婚話について発表され、皆を驚かせているであろう頃。



 シャルロッテはマンスフィールド邸にて客人を迎えていた。



 次兄イグナートと、彼が会わせたいと言っていた人だ。


 肌は浅黒く、背はそれほど高くないが、体格はがっしりとした男性。


 肩口まで伸びた髪を無造作に後ろで一つに縛り、こざっぱりとした白いシャツを着ているその人は、30代半ばくらいに見えた。



 イグナートが人払いを頼むと、お茶を準備をした後でアニーと執事長が残った。

 だが、イグナートは隣の男性を指して医者だと説明。「これから診察してもらうのだ」と言って執事長にも退席を求めた。



 マンスフィールド公爵家が把握していない人物が一緒に来た事を訝しく思っていた執事長は「診察」という言葉に納得したらしい。それ以上は何も言わずに退室した。



 医者とイグナートは言うが、シャルロッテも会った事がない人物だった。


 シャルロッテが首を傾げながら男性を見ると、丁度顔を上げた男性とばちっと目が合う。



 男性はニカッと笑い、手を差し出してきた。



「え?」



 その手を取っていいものか迷ったシャルロッテは、兄に視線を向けると、察したイグナートが口を開いた。



「シャル、紹介する。こいつはミルルペンテ。お前の薬を調合してくれた男だ」


「そうなんですね。それは大変お世話になり・・・へっ? 薬?」



 シャルロッテは言葉に詰まった。だって、イグナートに薬を渡したのは、遠い遠い国の、交易をしていない小島。

 難破して、偶然に漂着した先の・・・



「ミルルペンテ、〇▼x◇&☆彡◎~△%■=▽▲□#・・・」




 驚くシャルロッテをよそに、イグナートは突然意味不明の言葉をその男性に向かって喋り出した。

 それに対してミルルペンテという男性もまた口を開いたが、これまたシャルロッテには理解不能な言葉を発している。だが、2人の間では話が通じているように見えた。



 シャルロッテが呆然とその様子を見ていると、ミルルペンテはシャルロッテの方を見て、再び手を差し出した。




「☆彡□■◇%x・・・」


「え、えっと・・・?」


「爪を見せてだってさ、シャル」


「爪、ですか?」


「薬の効き具合を確認したいみたいだ」



 そう言われて慌てて手袋を外した。


 だがミルルペンテは、シャルロッテの真っ青の爪を見てむっと眉を顰める。



 そこで、あ、とシャルロッテは気がついた。誤魔化し工作をしたままである。



「ええと、ミルルペンテさん? ちょっと待っててくださいね。アニー、お茶用のお湯を少しもらえるかしら。そうね、予備のカップにお願い」


「あっ、はい」



 同じく呆然としていたらしいアニーが、ワゴンから急いで予備のカップを取り出し、お湯を注いでシャルロッテの前に置く。


 シャルロッテはそこに、そっと左手の人差し指と中指を浸した。



 ぺろん、と青テープがはがれ、健康的なピンク色の爪が下から現れる。



「*☆◆#▽★彡・・・!」


「あ」



 さっとシャルロッテの手が掬い取られ、ミルルペンテがじっと爪の観察を始める。そして、安心したようにほっと息を吐いた。



「イグ、■◇%x☆◆#☆彡・・・」


「薬の効果を確認できて安心したって。爪の色が全部きれいに戻るまでにはもう少しかかるだろうけど、もう大丈夫だってさ」


「・・・この為にわざわざ?」


「そうみたい。俺も先月、知り合いの船乗りから連絡もらって驚いた」



 イグナートの説明によると、連絡を寄越したというその船乗りは、以前イグナートが難破した時に同じ島に漂着した人たちのひとりだったと言う。

 その人を含め、他に島に流れ着いた船乗りたちが数名いたお陰で、薬を手に入れた後に小型の舟を作って近くの島までなんとか行くことができたらしい。



 ミルルペンテという男性は、その後、自分が処方した薬を飲んだ人がどうなったか気になって仕方なくて、彼らが海で漁をする時に使う小舟で、近くの島まで行こうとしたそうだ。

 でも漁用の小舟では難しくて、自力で頑張ってもう少し大きな舟を作ったらしい。


 そうして辿り着いた島で、島民たちに協力を頼み、停泊していた船の関係者と接触。その後、多少時間はかかったものの、なんとか船員ネットワークでイグナートの知り合いの船員まで辿りついたのだとか。



「◆#☆彡*=☆・・・」


「もし薬の効果が弱いようだったら、調剤しなおそうと思ってたんだって」


「・・・っ、ミルルペンテさん、ありがとうございます・・・っ」


「☆/&◁x・・・」



 ミルルペンテが何を言っているかは分からないが、薬師として素晴らしい人である事は分かる。


 嬉しくて有り難くて、観察の為にシャルロッテの手を取っていたミルルペンテの手を、今度は逆にシャルロッテがぎゅう、と両手で握りしめた。



 ―――その時である。




「シャルロッテ! 医者が来たと聞いたが大丈夫か? 何か体調におかしなところでも・・・っ」



 ノックもなしに、焦った声で。



 オスカーが勢いよくバァンッと扉を開けた。



「な・・・っ」


「あ」


「え」


「★?」




 それぞれが、それぞれの音を発した後、室内に静寂が落ちた。









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