こぼれ話 夫婦の危機? からの・・・




「・・・嫌い」


「っ!」


「オスカーさまなんて大嫌い!」



 この日、結婚以来、初の夫婦喧嘩が勃発した。



『オスカーさま大嫌い』宣言をしたシャルロッテは、部屋にこもった。

 その部屋は当然、夫婦用の部屋ではなく夫人の、つまりシャルロッテ個人の部屋。シャルロッテは夫を閉め出したのだ。



 オスカーは執務を放り出し、シャルロッテがこもる部屋の前でオーソ(こちらの熊に似た動物)よろしくウロウロと歩き回った。そして時々ドアに近寄ってはノックと共に「悪かった」と謝罪する。だが、室内からの返事はない。




 え? 何があったのかって?


 ひと言でまとめると、オスカーの過保護があまりに行き過ぎて、シャルロッテが耐えられなくなった感じだろうか。



 実はここ数か月、オスカーの過保護が日々加速していたのだ。


 シャルロッテの体調を心配するあまり、顔を見れば『寝てなさい』『動いてはダメだ』『早く休め』とすぐに部屋に戻そうとするし、庭の散歩すら何かと理由をつけて許可を出さない。やっと許可したと思ったら、オスカーによるお姫さま抱っこでの移動となる。それでは散歩とは言わないのに。



 それで今日、遂にシャルロッテは強硬手段に出た。

 オスカーの執務中にこっそり庭園に向かったのだ。もちろん、執務室の窓からは見えない裏庭の方へ。



 けれど、どうやって気づいたのか、散歩を始めてものの15分もしないうちにオスカーが現れ、『早く部屋に戻れ』と告げる。そして、いつものように抱き上げて運ぼうと両腕を伸ばした時。


 むうっと頬を膨らませたシャルロッテが、差し出された手の片方をぺちんと叩いたのだ。


 そして冒頭の台詞である。そう、『オスカーさまなんて大嫌い』という、あの台詞だ。



 呆然と立ち尽くすオスカーに背を向け、シャルロッテはスタスタと歩き出す。口をへの字に曲げ、眉根はキツく寄せたまま、目からぽろぽろと涙を溢して。



 その場に残されたオスカーは、呆然と呟いた。



「シャルが、俺を嫌い・・・だと・・・?」


「旦那さま、現実から目を逸らしてはいけません。奥さまは『大嫌い』と仰ったのですよ」


「ぐっ・・・!」



 執務室からオスカーを追いかけて来たレナートの容赦ない指摘に、オスカーは苦しげに胸を抑えた。



 レナートは溜め息を吐いた。



「温和な奥さまがとうとう怒ってしまわれました。過保護も程々にするよう、あれほど申し上げたのに」


「いや、だが、シャルの身体に万が一の事があったらどうする? そんなの考えるだけでも恐ろしいじゃないか。俺はもう、シャルなしでは生きていけないのに」



 レナートは、まるでオスカーにわざと聞かせているかのような大仰な仕草で、再び溜め息を吐いた。



「今のままですと、奥さまのお身体に何事もなかったとしても、お心は旦那さまから永遠に離れてしまいそうですが」


「ぐっ・・・そんな・・・!」


「医者も言っていたでしょう。適度な運動は必要だと。ほら、早く奥さまに謝りに行ってください」


「・・・わ、分かった」





 ぐるぐる。ぐるぐる、



 ドアの前で歩き回っては、ノックしてシャルロッテの名を呼んで。



「すまん、俺が悪かった」と声をかける。



 けれど、室内からの返答はなく、それがまたオスカーを凹ませる。



 コソッ「・・・何が悪かったのか、理由を仰らないと」



 オスカーの背後から、小さな声がした。侍女長のダリアだ。



 謝るだけでは駄目だったのか。ハッとしたオスカーは、再びノックをして口を開く。



「悪かった・・・これからは少しの散歩くらいで怒ったりしないから」



 ・・・コト



 室内で小さな音がした。



「一週間に一回・・・」



 言いかけたところで、背後からゴホンと咳払いが聞こえた。



「三日・・・」ゴホン


「ええと、一日に一回の散歩を許可する」



 すると、少しだけドアが開いた。隙間から、シャルロッテがしかめ面をのぞかせる。



「シャル!」


「・・・歩くのは必要な事なんです」


「・・・そう、だったな」


「お医者さまも言ってたでしょう? 適度な運動は必要です、と」


「悪かった。ろくに食事もできなくて痩せていくシャルロッテを見ていたら、このまま死んでしまうのではないかと怖くなって」


「悪阻はもう終わりました。今はモリモリ食べてます」


「でも、今も怖くて堪らないんだ。だからつい色々と制限してしまった」



 少しだけ、さらにドアが開き、シャルロッテの顔が全部見えるようになった。



「俺を・・・嫌いにならないでほしい」


「オスカーさま・・・」



 シャルロッテはもうしかめ面ではない。けれど、眉尻が困ったと下がっている。



「オスカーさまは、もうすぐお父さんになるんですよ? しっかりしていただかないと赤ちゃんが心配でお腹から出て来れません」


「・・・確かに、そうかもな」



 しゅん、と肩を落とすオスカーに、シャルロッテは苦笑を漏らしてドアを大きく開けた。


 そして、そっとオスカーの手を握った。



「そんなに心配なら、毎日の散歩にびっちり付き合ってくださいな」


「え?」


「あ、でも抱っこは駄目ですよ? 運動しないといけないんですから、大人しく私の隣を歩いてくださいね?」


「・・・あ、ああ。分かった。手を繋いで一緒に歩こう。散歩の間に何が起きても、俺がシャルを守るから」


「ふふっ、オスカーさまったら大げさ・・・あっ」


「どうしたっ!」



 シャルロッテが不意に声を上げ、お腹に手を当てた。オスカーが慌てて室内に足を踏み入れ、顔を覗き込む。



「今・・・赤ちゃんが動きました」


「え?」


「ほら、オスカーさまも手を当ててみて?」


「え? え? あ・・・本当だ」


「オスカーさまと私の赤ちゃんですよ」


「俺とシャルの・・・本当にここにいるんだな・・・」


「ふふ、オスカーさまったら。当たり前じゃないですか」


「シャル・・・」




 ―――はい。ここからは、いつものイチャイチャモードである。



 こうして、一瞬だけマンスフィールド邸を襲った夫婦の危機は呆気なく過ぎ去り、オスカーとシャルロッテの夫婦仲は更に深まり。



 数か月後には、可愛くて元気な男の子の赤ちゃんが無事に産まれたのだった。









 ~~~

 これにて番外編も終わりです。

 最後までありがとうございました。




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あなたと結ぶ半年間の契約結婚〜私の最後のお願いを叶えてくれますか? 冬馬亮 @hrdmyk1971

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