結構な頑固さん
オスカーと契約結婚をして8日目。
今日もシャルロッテは、朝の支度を整えると、足取り軽くダイニングへと向かう。
夫であるオスカーと、一緒に朝食を取る為だ。
広大なマンスフィールド領を治めるオスカーは、膨大な量の執務で忙しくしている。
けれど、朝は必ずシャルロッテと共に食事の席に着く。オスカーがそう約束してくれたのだ。
昼と夜は、オスカーが忙しい為シャルロッテひとりの食事になる事が多いが、朝はよほどの事がない限り2人で食べる、つまりオスカーに必ず会えるのだ。
ダイニングに向かう、オスカー大好きシャルロッテの足取りが軽くなるのは自然な反応だった。
ウキウキした気分のまま、シャルロッテは既に着席していた麗しい夫に朝の挨拶をした。
「おはようございますっ、オスカーさま」
「・・・っ、ああ、おはよう」
シャルロッテの元気のよさに、オスカーが少し怯むのもいつものこと。だが、たとえ怯んでもきちんと挨拶を返してくれるのだから、なかなかに律儀な人である。
朝のこの『おはよう』の挨拶をする度、夫婦になった実感が湧く。これは同じ屋敷に住んでいないとなかなか聞けない言葉だとシャルロッテは思うから。
今日も朝からシャルロッテは感動に打ち震え、そして確信する。自分の決定は間違いではなかったと。
そう、シャルロッテの決定。
それはオスカーとの契約時に話した通り、このままアラマキフィリスで亡くなる(フリをする)こと。
―――家族からは、無謀だ無茶だと散々反対されたけれど。
シャルロッテが薬の存在を隠したまま、この結婚を続けると決心した翌日―――つまり結婚式の翌日には―――シャルロッテはケイヒル家の家族と会って、自分の考えを伝えた。
オスカーに誤解されたくない、オスカーの縁談よけの役に立ちたい、なにより大好きなオスカーの側にいたい、好きな気持ちを疑われたくない、そんな気持ちを。
それを聞いた父ジョナス、母ラステル、長兄ランツは、複雑な表情を浮かべた。
最初にオスカーとの契約結婚を言い出したのは彼らだ。シャルロッテが死ぬ前提で、最後の願いをどうしても叶えてやりたいと思ったから。
けれどそれが、今のこの面倒な事態に繋がってしまった。結果、シャルロッテは表向き自分は死んだ事にするなどと言い出した。
『シャル、死んだ事にしたら、お前の居場所はもうカイラン王国にはなくなってしまうんだぞ?』
『その時は、外国に住もうと思っています。私が住む国にお父さまが商用で来た時には、家に泊めて差し上げますね?』
『・・・』
『外国に行ってしまったら、シャルになかなか会えなくなってしまうわ。そんなのお母さまは寂しいわ』
『だったら、移住した先からお母さまへのプレゼントをいっぱい送りますね。どの国に行こうかしら。ラグナース王国なら虹絹が有名だし、ウォンカ王国は銀細工、テムルタン帝国なら甘い果実酒。年ごとに国を回ってもいいですね』
『・・・』
『シャル、僕も一緒に公爵に謝りに行くから、薬の事を正直に話そう』
『ランツお兄さま。それでもしオスカーさまに事情を理解してもらえても、結婚の継続はきっと難しくなるわ。
大好きなオスカーさまと結婚できたのに、3日と経たずに離縁する事になったら私、傷心ですぐにでも外国に逃げてしまうかも』
『・・・』
父ジョナスも、母ラステルも、長兄ランツも早々に察した。シャルロッテの決意は固いと。
そして、困った事にシャルロッテは結構な頑固さんだ。
死ぬ死ぬ詐欺については割と簡単に誤解が解けるだろう、というか事情を説明したらオスカーならばすぐに理解してもらえると確信している。
けれど問題は、やはり2人の契約結婚の継続。
『不治の病で余命僅かな娘の願いを叶えてあげる』という最も情に訴える部分が消えてしまう以上、シャルロッテの恋心は女嫌いのオスカーにとって厄介以外の何ものでもない。
シャルロッテが心配する通り、契約期間より早く、というか契約開始早々に打ち切られる可能性が大なのだ。
だが、次兄のイグナートはひとり首を傾げる。
『治ったって言ったら公爵は喜ぶと思うぞ。結婚式でも2人はあんなに仲がよさげだったじゃないか』
あれはシャルロッテを尊重してくれただけだと説明するが、イグナートは納得しない。
『女嫌いで有名な公爵が、どんな理由があるにしろシャルとなら結婚してもいいと思ったんだろう? 誓いの口づけだってちゃんとしてたし。シャルなら触れるって、それは他の女性たちとは違うって事じゃないの?』
そうだったらいいのに、とシャルロッテも思う。
けどそれは希望的観測で、とても楽観的すぎて。
自分に都合のいい解釈だからと飛びついて、早々にオスカーから離縁を言い渡されたくはない。
好きな人から別れを切り出されるのは辛いのだ。それなら自分から言う方がまだマシで、けれどやっぱりギリギリまで側にいたくて。
『う~ん、大丈夫だと思うんだけどなぁ』
そう言われても、やはり賭けに出て大負けするのは怖いと思ってしまう。
シャルロッテは、黙ってオスカーの側に居続ける道を選んだのだ。
そうして毎朝、オスカーから『おはよう』と声をかけられる度、シャルロッテは幸福感に打ち震える。
―――でも、胸の奥底ではオスカーに本当の事を黙っている罪悪感をちょっぴり感じている。
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