どうする? シャルロッテ!


「シャル! アラマキフィリスの特効薬を見つけたよ!」


「・・・え? 偽物を掴まされたのじゃなく?」


「ひっど!」



 イグナートがドヤ顔で袋いっぱいに詰められた薬包をシャルロッテに見せた時、ついそんな言葉が出てしまったが、意地が悪いと言ってはいけない。



 だって有名なのだ。アラマキフィリスに効く薬はない。それはこの国に限った事ではなく世界共通の認識で。


 もし薬があると言うのなら、あるいはそれが新たに開発されたなら、シャルロッテの為に情報網を張り巡らせている父や長兄の耳に入らない筈はなくて。



 だが、イグナートは自信満々に本物だと言い切った。



「ま、信じられないのも無理はない。俺がこの薬を見つけた島は、他国との交流がなかったからな」



 イグナートがその島を見つけたのは偶々だった。漂着したのだ。


 薬を見つけると豪語して家を飛び出したイグナートは、船に乗って国々を巡った。


『アラマキフィリスに効く薬はない』と言われながらも国を3つ回り、さあ次に行こうと船に乗った4日後。


 嵐に遭遇し、船が難波した。


 イグナートは鞄にしがみついて海を漂い、2日後にある島に流れ着いた。


 まあまあ大きな島で、自給自足が成り立っていて、独特の薬草学を発展させている島だった。



 病気や怪我の対応は全て薬草で行うらしく、イグナートの治療もそれに基づいて行われた。

 手足の傷には薬草を貼り付けた上で布が巻き付けられ、出される飲み物はいつも薬草茶。保護されて最初の数日間は食べ物も全て薬膳食だった。


 イグナートの回復は早く、1週間も経たずに怪我の傷跡も消えた。

 イグナートの他に船乗りが3名保護され、同じように看病されていたが、彼らもまた完全回復した。


 他との交流がない島だが、排他的という訳ではなく、皆イグナートたちに親切だった。


 後で船乗りたちに聞いて知った事だが、この島はとりわけ他の国や島から遠く離れた位置にあるらしい。

 島の長は、わざわざ船を出すより、自給自足の方が楽だという感じで、昔からの生活様式をずっと続けていたようだ。



 イグナートは、この独自に発展した文化に―――とりわけ薬草学に注目した。


 ここなら、アラマキフィリスに効く薬が人知れず、独自に開発されているかもしれないと。



 体力が完全回復した後、早速イグナートは行動を開始した。



 言葉の壁はあったものの、幸いイグナートが習得していた言語の一つと現地の言葉が似通っていると分かり、その言葉と身振り手振りと、そして船乗りたちの協力も加わって、意思の疎通を図ろうとして数週間。



 最初の頃は、イグナートの問いかけにハテナマークばかりを顔に浮かべていた島の薬草師だったが、『爪』『青くなる』『心臓』『病気』などを表す現地の言葉を知ってからは早かった。







「・・・イグお兄さまは、そんな苦労を・・・ありがとうございます。無事でよかったです。それで、その島の薬草師の方が、この薬を作ってくれたのですか?」


「ああ。あの島では、アラマキフィリスをラムラムワーウと言うらしい。薬草師の叔母君が昔に罹って、その薬で治したそうだ。俺もその叔母君に会ったが、元気に畑を耕していたぞ」


「すごいわ。じゃあこの薬があれば、私は死ななくてすむのね」


「そうだ。服用期間はひと月。1日に1包飲めばいいそうだ。服用して半月ほどで爪の青色が薄まり始め、ひと月後には正常な爪色に戻る。つまり完治する」


「爪が、正常な色に」



 シャルロッテは、薬包の入った袋をかかえる自分の手を見つめた。右手全てと左手の親指、人さし指が青に変わった指先を。


 最後の小指の爪が青く染まり始まってしまうともう手遅れで、この薬でも治らないという。今のシャルロッテなら間に合う筈だ。



「本当に・・・治るのね」



 1年と3か月前に諦めた未来が再びシャルロッテの目の前に開かれ、嬉しさでじわりと目に涙が浮かんだ。



「そうだ。お前は健康になって、愛する旦那とこれからもずっと幸せに暮らせるんだ」


「ええ、そうですね。健康になって、大好きなオスカーさまと、これからもずっと幸せに・・・ハッ」



 シャルロッテは息を呑み、薬の袋をかかえたまま叫んだ。



「大変です、イグお兄さま! これでは・・・私は死ぬ死ぬ詐欺をした事になってしまいます!」






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