ファーストダンスは誰の手に


「夜会・・・ですか。王家主催の?」


「ああ」



 いつもの朝食の席にて。


 昨日届いたという王家からの招待状を、オスカーは無表情でシャルロッテに差し出した。


 シャルロッテはそれに目を通していくが、やがて末尾の文言が目に入り動揺した。



「あの、オスカーさま。ここに、絶対に出席しろとか書いてありますけど、選択の余地などないのでは?」


「ああ、それはいつもの事だから気にしなくていい。シャルロッテが夜会に行きたいなら行くし、行きたくないなら欠席する。それだけだ」



 オスカー曰く、彼はここ数年、夜会への出席をかなり控えていたらしい。


 理由はもちろん、オスカーの周りに令嬢たちが群がるから。

 その筆頭は、言わずもがなのリベット第二王女だ。



 普段であれば、招待状の類は読んですぐにゴミ箱に捨てていた。

 だが今回、オスカーはそうしなかった。



 結婚前にシャルロッテの身辺調査をしたオスカーは知っているのだ。シャルロッテが、まだデビュタントを済ませてない事を。



 だから、オスカーとしては全く、全然、これっぽっちも王家主催の夜会など行きたくないけれど。


 もしシャルロッテが行ってみたいと言うのなら、と、そう思っただけ。




 果たしてオスカーの予想通り、シャルロッテは暫しの間もじもじすると、思い切ったように口を開いた。



「行きたい、です。夜会は始めてで」


「・・・そうか。なら、これが君にとってのデビュタントになるな。ドレスを手配するから、希望のデザインがあればデザイナーに伝えておくといい。

 それとファーストダンスも大切だな。後で一回、ダンスを合わせてみよう」


「へ?」



 シャルロッテは、目をぱちくりと瞬かせた。



 なんだか情報が多かった。

 デビュタントとか、ドレスとか、デザインがどうとか、ファーストダンスとか、一度に色々な言葉が聞こえてきたが、中でも一番気になったのは。



「ダンスを、オスカーさまと? え? なんで? どうして?」



 何故だかもの凄く驚いているシャルロッテに、オスカーは何となく機嫌が悪くなり、微かに眉を寄せながら口を開いた。



「嫌か?」


「いえ! いえいえいえいえ、滅相もありません。もちろん嬉しいです。ただ、いいのかな?と思っただけです」



 ぶんぶん、と効果音が付きそうなくらい大きく両手を横に振りながら、シャルロッテは答えた。


 だが、オスカーの方はシャルロッテが言った言葉の意味が分からなかったようで、首を傾げていた。



「いいのかな、とは?」


「えっと、それはその」



 シャルロッテはさっと顔を赤らめた。



「一緒にダンスを踊るとなると、曲の間中オスカーさまにぴったりくっつく事になるじゃないですか。

 だから、きっとオスカーさまはお嫌だろうなって思ってたので・・・」


「確かにそうだ、よく分かったな。

 ろくに知らない令嬢と体を寄せてダンスするなど、苦行以外の何ものでもない。夜会に出る度にそう思っている」


「・・・ですよね」



 シャルロッテは苦笑した。



「あの、それならやっぱり私のファーストダンスは父に頼みま・・・」


「待て待て待て、なぜそうなる。君は俺の妻だ、ろくに知らない令嬢じゃない。だから、俺が君とファーストダンスを踊る」



 その言葉に、シャルロッテはきょとんと目を丸くした。



「迷惑では、ないのですか?」


「全くない。君と2人で出席すれば、それこそ今後の縁談よけにもなるから助かる」


「・・・あ、そうでした。うん、そうですよね」



 夜会に出席する、そしてオスカーと一緒にダンスを踊る、いい大義名分ができたというのに。



 なぜだろうか、ああ良かったとならない。


 むしろシャルロッテは、少しだけ寂しいと思ってしまった。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る