二月「チョコレートは裏切らない」⑦
無言のまま私たちは駅を出て、左に学校を見ながら集合場所まで向かう。
一階がボウリングとゲームセンター、二階がボウリングとバッティングセンターになっているアミューズメント施設だ。別な建物だけど近くには小さいながらもシネコンがあって、近辺の中高生の遊び場になっている。校則上は一応制服では入ってはいけないことになっているけれど、それを守っている生徒はほとんどいないし、それを執行部が取り締まることもない。
私たちはメールにあった通り、二階へと階段を上っていく。十打席ほどしかないバッティングセンターだった。そういえば父親は野球に興味はないからテレビ中継も見ないし、中学も女子校だったからソフトボール部はあっても野球部はなかったし、バッティングセンターなんて来たのも今日が初めてだったな、と思い返していた。
二人、シロと一ノ瀬先輩は並んで打席に入り、お互い黙々と飛んでくるボールを打ち返していた。こういうのって、こう、和気藹々と交代で入ったり、声を掛け合ったりするものなのではないだろうか。それとも男の子同士だとこれが当たり前なのだろうか。二人は正面だけを見てまるで他人かのように振る舞っていた。
背後にいる私たちに気がついたシロがネットから半分だけ体を出した。
「もう少しで終わるけど、替わる?」
「でも、やったことないし」
「まあまあいいから」
コートを脱ぎ、手招きされるがままにシロの打席に立たされた。シロが被っていたヘルメットを無造作に載せられる。
ずっしりとした金属バットを持たされ、持ち方を教わった。
「球速は一番遅くしてあるから、じゃあいくよ」
赤いボタンを押して、シロはネットから出ていた。
何か文句を言おう後ろを見た瞬間、ビュンッと球が私の体のすぐ側を通っていった。
「ムリムリムリムリ! こんなの打てるわけない!」
「大丈夫大丈夫、最初から思い切りホームランを狙うんじゃなくて、ゆっくり振って当てるだけでいいから」
「そんなこといわれても」
「ほら、次が来る」
「ひゃっ!」
次も振り切るより先に通り過ぎていった。
「がんばれー」
シロが気のない応援をしている。
「ひー」
来る球来る球に、何とかリズムを合わせて当てるのが精一杯だ。当たった球も、勢いなくころころと人工芝を転がっていく。反動で、手が痺れる。
ふと、正面のバッターボックスでカキンカキンと小気味良い音が響いているのが聞こえた。一ノ瀬先輩がいたところだ。先輩は何でもそつなくこなすタイプだろうから、こういうのも得意なのだろう。
動きだけでも参考にならないかとそちらを向くと、全くの別人が立っていた。私よりも相当速い球を一心不乱に打ち込んでいるのは、こともあろうか絹木先輩だった。あの絵筆以外は持たないと決めているかのような細腕で、ガンガンに球を打ち返していた。正確に、一定のリズムで、真正面に弾いている。
えーと、絹木先輩、運動が苦手とかじゃないのか。
順番待ちや休憩をしていた人たちが集まって、その素晴らしいフォームと女の子というギャップに惹かれて、誘導灯に集まる虫のようにわらわらと寄ってきている。それに気を留めるでもなく、彼女はピッチャーマシンだけを見つめている。
そうだった。
人を見た目で判断してはいけない。
思い込みは判断を鈍らせる。
これはこの一年間で散々学んだことじゃないか。
絹木先輩が運動が得意でもおかしくない。
おかしくない、のか?
「お疲れ様、どうだった?」
球数が尽きて、足も少しふらふらになった私にシロが労いの声をかけてくる。それまで一ノ瀬先輩と談笑していたようだ。本当は二人とも仲が良いんじゃないだろうか。
「疲れた……。というか、あれは」
疑問は一ノ瀬先輩が答えてくれた。
「ああ、たまに来ているからな。動体視力が良いんだ」
そういう問題なのか?
死んでいるかのような表情で、呼吸一つ乱さずバッティングというよりは一仕事終えた職人のように絹木先輩がネットから出てきた。
「すごいですね」
(なにが?)
褒めた私に、視線だけで返してくる。勝手な思い込みだけど、横にいると少しずつ動かない表情にも慣れて、意図が読めてくる気がしてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます