三月「嘘つきの魔法使い」②

 三月一日、晴天。

 卒業式を翌日に控え、生徒会執行部の私たちは準備に追われていた。学内のこうしたイベントごとを取り仕切るのも私たち執行部の役割である。大抵は例年通りの式次第に沿って行われるから特別なことはない。吹奏楽団と応援団のリハーサルを見学し時間の確認をして、放送局とアナウンスの打ち合わせをしていた。その作業もようやく終わり四階の執行部の部室で一息をついていたところで、向かい側に座っていた同じ執行部のくるみちゃんが思い出したように口を開いた。

「そういえば知ってますか? おまじないの話」

「おまじない?」

 正面の私が聞き返す。

 部室には一年生の私と同じく執行部の柏木くるみちゃん、そして私の横にいる同級生のシロしかいない。二年生はもう少し作業が残っているらしい。三年生はすでに引退し、自分たちが送られるのを自宅で待っている。シロというのはあだ名で、本名は城山口優斗と言う。シロは私とくるみちゃんの代わりに一日中重いものを運ばされていたので、バテてしまったのか、両手を前に出して机に頬をつけ突っ伏している。眠っているのかもしれない。いつも眠そうな顔をしているので、実際に眠っていたとしても区別はつかない。

 それに加え、去年の秋口から、どうにもシロの体調は思わしくないようだった。月に数度、学校を休むことが続いている。本人は決まって大したことじゃないと言っているけれど、戻ってきたときはいつもふらふらだった。

「一年生の間で流行っているらしいんです。流行っているといっても、そういうおまじないがあるってだけで、実行した人はそんなにいないらしいんですけど」

「なにそれ、興味ある」

「ええ、とですね、私は詳しくは聞いていないんですけど、市内にある神社とかお寺とか、パワースポットって言うんでしたっけ、そういうところとか、測量山の頂上とか、そういう決まったルートを辿りながら願いごとをいうと、その願いごとが叶うそうなんです」

 測量山というのは、私の近所にある市内の山だ。山道も舗装されているので、車で山頂まで行くことができる。それほど高い山ではない。山頂には電波塔があって、夜はカラフルにライトアップされている。

 そこで、今まで寝ていたはずのシロががばっと起きてくるみちゃんの方を見た。

「それ、本当の話?」

「え、ええ、本当というのは、おまじないが、ですか?」

「いや、うん、実際の効果はどうでもいい。そういう噂が実在するというのは」

「はい、私も気になって、いくつか、地域のインターネットの掲示板を見てみたのですけど、噂自体は本当みたいです」

 突然起き出したシロにくるみちゃんが慌てて応える。

「そう、か」

「シロ、そういうの興味ないんじゃないの?」

 読書家で、ありとあらゆる知識を本から吸収しようとしているのではないかと思われるシロは、オカルトじみたことはあまり信じていないと公言している。こんなことを聞いたとしても、一笑に付してしまうのではないかと思っていたのに、意外である。

「おまじないには興味はない、だけど、その『噂』そのものには興味があるな」

「何が違うの?」

「おまじない、が流布されている、という事実と、おまじないそのものへの興味は別だと思うよ。僕は前者に興味がある、とても、非常に。できれば詳細を教えて欲しいな」

 くるみちゃんに話を振る。

「知っているといっても、私はそんなに詳しくは知らないんです。掲示板にも詳しいルートが載っていなくて、断片的にここが怪しいとか、そういう話ばかり、ああ、いえ、そういえば、おまじないを『代行』する人たちがいるという書き込みもありました。本人の代わりにおまじないを実行してくれるのだそうです」

「代行? うさんくさいな、やったかどうかなんてどうとでも言えるじゃないか」

「その書き込みでは、各地を回った証拠を本人にアップする、なんて書いてあるそうですけど」

「なるほど、まあ、ねつ造はできそうだけど。それで、罰は?」

 シロが最後に妙なことを言う。

「罰、ですか?」

「そう、おまじないの罰。途中でやめたものに対する罰だよ」

「シロ、まるでおまじないを知っているみたい」

「そうかな、僕なら、途中まで止めた人には罰を与えると思うよ」

「僕ならって?」

「僕が、おまじないの神様なら。もしくはおまじないを利用してお金を調達したい詐欺師だったら」

 両極端なたとえを出す。後者はともかく、前者は別に途中で止めたことに対する罰なんて考えないのではないだろうか。

「シロさん、よくご存じですね。確かに、掲示板には、途中放棄は呪われる、とか書いてありました。おまじないだと認識していなくても、書かれているどこかで一度願いごとをしたら、呪いはついて回るともありました」

「ふーん」

「あ、シロの興味がなくなった」

 シロはあからさまにポーズとしての背伸びをして、また机に倒れ込みそうになる。

「いや、まあ、そうだね。興味は半減しちゃったかな。柏木さんは、市内出身じゃないんだよね」

「はい、電車で来ていますけど」

 不思議そうに小首を傾げて柏木さんが小さな体を揺らす。

「そう、ならいいんだ。そのおまじない、あまり関わらない方がいいと思うよ。友達に相談されたら同じように応えていいと思う」

「それは、どういう意味でしょう……」

「いや、深入りもしない方がいいと思う。この話はこれでおしまいにしよう。おまじない、広がらないといいんだけど。それにしても眠いなあ、僕はもう帰ろうかな」

「あ、はい、じゃあもう閉めましょうか」

「そうしようか」

 何となく不完全燃焼な会話のまま、私たちは帰路につくことにした。

 玄関で靴を替えているとき、シロがぼそりと呟いていた。

「まあ、『今回』は偽物だろうな、放置しよう」

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