大晦日「推理のない日」③

 シロの予告通り角を曲がったあたりで肩から息をしていたけど、ようやく本殿が見えてきた。普段神社に行かないのでその規模をどこかで比較することはできないけど、まあまあこの小さな街にとっては大きな建築物だと言っていいだろう。

「もうちょっと」

「そうだね」

 シロがまたケータイを見る。

「これは、タイミングを間違ったかな」

 私も自分のケータイを見る。時刻は十一時前を表示していた。

「僕は知らないけど、こういうのって年が明けてからお参りするものだよね?」

「私も、知らない」

 このペースで行けば、本殿の賽銭箱の前には今日中についてしまいそうだった。

「まあ、進んでいるってことは別に気にするようなことでもないのか」

 私たちよりも前にいる人たちは日を跨ぐことなく参拝することになる。それでも列が進んでいるということは、徐々に捌けていっているということだ。

「その前に手水があるから、一旦横に移動することになるのかな」

「ちょうず?」

「ほら、手を洗う」

 シロが右手で何かを持ち左手に向ける仕草をした。

「ああ、あれ」

「この寒さだから、それくらいサボってもいいと思うんだけど、一応ここまで来たなら覚悟も決めておかないと」

「そうね」

 本殿に向かう流れとは別に、手水に向かう流れもあった。そちらに私たちも流れていく。

 順番が来て、杓子で掬った水を左手にかける。

「つめたっ!」

 水が流れ続けているから凍っていないだけで、温度はほぼゼロ度なんじゃないだろうか。横を見るとシロはほんの少しだけ水を手にかけていた。

「ズルい」

「いや、作法に従っただけでズルいも何もないでしょ。さて、流れに戻ろうか」

「うん」

 また最後尾に並ぶ必要はないらしい、手水からも流れができていた。そのあたりは緩い感じのようだ。

「んっ」

 砂利を歩いていると、ブーツに引っかかるものがあった?

「どうしたの?」

 膝を折って、足に当たったものを持ち上げる。

「巾着だ」

 片手で収まる程度の赤い巾着だ。

「誰かが落としたんだろうね」

「うーん」

 外側から巾着を触ってみる。ゴワゴワとして、中に何か入っているのはわかる。

「杏、まさか、開けないよね?」

 紐で縛られている袋の入り口に手をかけたところでシロが言った。

「どうして?」

「いや、さすがにそれはマナー違反的なものじゃない?」

「身分証みたいのが入っているかもしれないじゃない」

「それは僕たちがやるようなことじゃなくて……」

 シロがあたりを見渡す。

「ほら、社務所があるよ」

 手水の奥の白い建物を指した。

「社務所?」

「神社の事務所みたいなやつ。そこに預ければそれでいいと思う。なんでもかんでも首を突っ込もうとするのは杏の悪い癖だよ」

「悪い癖って」

「この一年で何度痛い目を見たの」

「それを言われると」

 なかなか言い返せない。

「ほら」

 シロが社務所への道を促す。

「あれ、アンちゃん!」

 砂利を踏む音と人々の話し声が入り混ざるなか、前方から聞き馴染みのある声が聞こえた。

「あ、桂花!」

 そこにはクラスメイトの桂花がいた。

 振り袖を着た桂花が動ける範囲の小走りで近づいてくる。

「月村さん」

「あ、シロも。あけましておめでとう!」

 パアっと明るい笑顔で桂花がシロに言った。

 桂花の笑顔が眩しすぎる。背は私よりは低いけど、華奢な割に大人びた表情で、今日は晴れ着に合わせてか髪をアップにしている。これほどまでに完璧に可愛い女の子はそうそう存在しない。

「あけましてにはまだ早いよ」

 左の手首を右の指でトントンと叩く。腕時計のジェスチャらしい。

 そのままニコニコして、桂花は私とシロを交互に見た。

「二人で来たんだね」

 意味深にも見える顔のまま嬉しそうにしている。

「ユートが神社があるっていうから」

「行こうと言ったのは杏だよ」

 なんだか責任を押しつけ合うような形になっている。

 それを聞いた桂花はさっきの笑顔に増して、何かのオーラが溢れているようなとびっきりの笑顔になって首を左右に傾ける。

「あれ? あれあれあれ? ユート? 杏?」

「あ」

 と気がついたがもう時はすでに遅し。

 二人を呼び捨てにするのは二人きりで周りが人がいないときに限られている。そうしなければいけないという取り決めはないにしても、秋口からそういう風に運用されている。

「いや、いいんだけどね、隠さなくても、でもでもなんか私はなんか嬉しいなー」

「桂花、あんまり深読みしないで」

「しちゃうよ! いやむしろさせて!」

「お願いされても」

 横に目を向けてみたが、シロはどうとでもとれる曖昧な顔をしていた。こういう時にこういう表情をするのが本当にズルいなあ。

「桂花は?」

「あ、うん、あっち」

 後ろを振り返って桂花が数メートル先を指す。

 そこには下を向いて何かを探しているらしい男の子、水樹君がいた。桂花は彼と来ていたのだろう。

「どうしたの?」

「ちょっと、落とし物しちゃって。私の巾着なんだけど」

「それってこれ?」

 私が手に持っていた巾着を彼女の前に出す。

「そう! それ!」

「さっき拾ったんだよ」

「よかったー」

 巾着を桂花に渡す。

 シロが横で小声で言う。

「ほら、中身を見なくてよかっただろう? 見ていたらきっと何かしらの罪悪感が芽生えたはず」

「うーん、そうかも……」

 桂花は首を傾げてクエスチョンマークを出している。

「二人もあの階段を上がってきたの?」

「ううん、違うよ、あっち側、遠回りで混むけど道路があるから、親に車を出してもらって」

 桂花が本殿の向こう側を指した。

「ええーそうなの? ユ……シロそんなこと全然言っていなかったじゃん」

「言っていたって車は用意できなかったよ、なら言わなくても同じじゃないか。階段を使わないルートはその分長距離だよ」

「それは、そうだけど」

 どちらかの親の車で二人は来たのだろう、ということは、親公認ということか。桂花ファンには残念なことだな、と勝手な想像をしていた。

「ねえ、アンちゃん、ここの神社、何で有名か知ってる?」

「ううん、そういえばシロも言ってないし」

「僕は元々興味がない。五穀豊穣とかそういうやつじゃないの?」

「あのね」

 桂花が顔を近づけて耳元でささやく。

「恋愛成就、だよ」

 その声はシロには聞こえてはいないだろう。

 彼女ができる限りの満面の笑みで私を見ている。

「したっけ二人ともまた学校でね!」

 桂花が手を振って水樹君の元へ戻っていく。

「なんて?」

「秘密!」

「やれやれ。さて、僕らも列に戻ろうか。今から並べば元旦になるかも」

「ねえ、先におみくじ引こうよ。お正月は逃げないんだから」

「いいね」

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