三月「嘘つきの魔法使い」
三月「嘘つきの魔法使い」①
雨。
しとしとと。
雨が降っていた。
優しい雨だ。
誰にも、公平に降り注ぐ雨。
夜の闇に溶け込むような雨。
私たちの体を伝って、私たちの体を溶かし、地面へと流し去ってくれる雨。
私は、紺のセーラー服を着て、静かに立ちすくんでいる。
長々と続く人々の列から離れて、私は傘もささずに独りで立っている。
参列者は誰も無口で、ときどき服の擦れる音が聞こえるだけだ。
参列者。
そうだ、私は、今、葬式の列の中からはぐれて、独りでぼんやりとしている。
それが夢だという認識はあった。
私には夢を夢と認識する能力のようなものがあって、人はそれを明晰夢というのだそうだけれど、私の場合は少し事情が違っていて、それは『夢のような』能力ではない。ただ夢だとわかるだけで、何か特別なことができるわけではない。現実と同じように、私はただの私でしかないのだ。唯一できることといえば、夢に向かってブレーカーを落として、さよならをして、次の夢か現実に移動することができるだけだ。嫌な夢から逃げ続けることができるだけ、ましかもしれない。
これは誰かの葬式の最中である。
現実に起こったことか、夢の中だけのことなのか、私には区別がつかない。
私は人混みをかき分けて、式場に置かれている遺影を見る勇気がない。
たとえ夢であっても、そこにあるのはすでに生命活動を終えて、眠っている、永遠に起きない一人の人間がいるはずだ。
それを確かめるメリットは、ないはずだ。
ふと、私は胸が締め付けられるのを感じる。
本当は、夢の私は、それが誰なのか知っているのではないだろうか。それを否定したくて、逃げてきたあとなんじゃないだろうか。考えようとして、やめる。思い出してしまいそうだからだ。どうせなら、私はこのまま何も知らないまま、逃げ続けていればいい。
そっと、私は心のブレーカーを落とすことに決めた。
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