十二月「過去からの挑戦状」④

 海に囲まれた地形のためか、この街では想像していたほど雪は積もらないらしい。今月の下旬から、ちらほら白いものがちらつく日が出始めたくらいだ。かといって、雪が降らないからといって暖かいというわけでもないらしい。むしろ、風は常に頬を切り裂くように冷たく吹いているので、防寒は十分にしないといけない。

 コートを着て正面玄関を出て、ぐるりと校舎を周り、私たちはグラウンド側へと向かった。ロッカー群の前に立って、柏木さんが持つカギをもう一度見る。お兄ちゃんの代で導入された段階で中古だったというのだから、これは経年劣化という他ない。風雨に晒されているのでサビの侵食を激しい。ところどころカギはかけられているものの、今現役でどこが使われているのかはわからない。開けられないまま本人が卒業してしまったものがあったとしても、別段驚きに値しない。

「やっぱりそろそろ限界だよなあ」

 呟いたシロに、私は無言で賛同する。

「これ、でしょうかね」

 ゆっくりロッカーを巡って、一箇所で足を止める。

「確かに、カギがかかっているね」

「本当に誰も開けなかったんだ」

 三つのロッカー群の端、右から四列目、上から三段目、つまり地面に接している一つのロッカーに南京錠がかけられていた。

「試してみますね」

 しゃがみ込んだ柏木さんが手に持つカギを南京錠に差し込み、右へ回す。

 カチャリと音がして、繋ぎ目が外れた。

「あ、開きました」

 ロッカーを開き、柏木さんが恐る恐る手を入れる。

「何か入っています、紙みたいです」

 それは目安箱に貼り付けられていた最初のものと同じルーズリーフだった。

「ええと、これは……。どう解釈すれば……」

 ルーズリーフを開いた柏木さんが困った声を出した。私とシロも一緒になってのぞき込む。そして、同時に首を傾げた。

 その紙にはただ単に、


 Merry Xmas!


 とサインペンで書かれていただけだった。

 丸っこくて可愛らしい筆記体ではあったけれど、本当にそれだけで、それ以外には何も書かれていなかった。

「ああ、うん、メリークリスマス、だね」

「メリークリスマスだよね」

 シロと私が同じ感想を漏らしていた。

 師走の大掃除の中で見つけたなぞなぞはただのクリスマスカードだった。

「こんなところで何をしている」

 私の背後で声がして、私たちは顔をカードから離す。

 そこに立っていたのは北条先生だった。校内と同じくスーツを着ていてコートも羽織っていないけれど、一切の温度なんて感じていないような顔をしていた。

「これから吹(ふ)雪(ぶ)く。なるべく早く帰りなさい」

「あ、あの、これ」

 柏木さんがクリスマスカードを北条先生に渡した。柏木さんも北条先生が元執行部長だったことは知っている。

「ナルか」

 説明もなく、先生は文字の主を見破って言った。

「どういう意味なのでしょう?」

 柏木さんが聞く。

 私は古い目安箱から見つけたなぞなぞと、その結果であるカードのことを簡潔に伝えた。それを先生は例のごとく表情筋を動かすことなく黙って聞いていた。

「意味か。意味はないだろう」

「ない?」

「いたずら好きな彼女のいつものちょっとしたいたずらだ。そこに意味などない。ただ忘れ去られていただけだ、本人さえも」

 ほんの少し、先生は瞳を細めたようにも見えた。それは私の勝手な思い込みだろうけど。

「そうですか」

「そうだな、意味を求めるなら、これをお前たちが見つけ出したことだろう」

「もし、先生が見つけたら、お兄ちゃんが見つけたら、調べていたと思いますか?」

「さあな、いずれにしても時の忘れ物だ」

「ところで」

 シロが背を向けようとした北条先生に向かって声をかけた。

「このロッカー、どうやって手に入れたんですか?」

 コツコツと、ロッカーを指の関節で叩く。

 少しの間が空いて、先生が小さく口を開く。

「企業秘密だ」

 北条先生は去り際に抑揚もなく呟きとも取れない声で言った。

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