十二月「過去からの挑戦状」③

「ありました!」

 柏木さんが段ボールを開けて目当ての議事録を取り出す。

「ちょうど最近棚から段ボールに移したところだったのですけど」

 赤茶けたカバーに金色で年と号数が印字されている。

「この頃はまだ業者に出して製本していたんだね」

「はい、今は予算がないのでしていませんが」

 当時を考えれば、ようやくパソコンが普及し始めた頃だろう。それよりも古いものは手書きのものもあるかもしれない。今はパソコンのデータからある程度の検索ができるようになっているし、製本も印刷されたものをバインダーに閉じるだけだ。

「まあ、データの保存を重視した方が便利だしね。これを柏木さんたちは春に読んでいたわけだ」

 シロの言葉に彼女が苦笑いをする。

「ええ、この号ではありませんでしたけれど」

「で、この号がっと」

 シロに渡すため彼女が議事録を高く上げた、とはいっても柏木さんの身長なのでシロにとってはちょうど良いくらいなのだけど、ところで議事録から光るものがこぼれる。それを床に落ちる直前でシロがキャッチする。

「これは、カギだね」

 シロが天井にかざす。カギは蛍光灯に照らされて金色に光っていた。

「それに何だろう、この紙は」

 カギにはリングが通されていて、その暗記カードのような紙が一緒についていた。紙には何かが書かれているようだ。

「シロ、なんて書いてあるの?」

「ええと、『3』少し空いて『43』」

「これは、もしかして、廃ロッカーのカギではないですか?」

 思い出したように即座に柏木さんがシロに言う。

「ああ、そうかもしれないね。『四角』もロッカーのことだと考えると納得がいくしね。じゃあ、ここにくくりつけられているロッカーを開ければいいのかな」

 廃ロッカーとは、グラウンドと校舎の間にある体育系部活用のプレハブ群の近くにあるロッカーのことだ。雨風に晒されてサビ放題で、空いている場所に勝手に南京錠やシリンダー錠が取り付けられて、私用に使われている。来歴も不明で、保存状態も悪いので撤去しようかという話に生徒会ではなっていたのだけど、現に利用している生徒がいる事実と、廃棄処分の手間が勝って今年度も保留ということになった。

 その廃ロッカーとは、私たちは夏に少しだけ関係している。

 本当に夏の出来事をなぞっているかのようだった。

「ちょっと待ってください、これを見てください」

 彼女がカギが挟まれていたページを開いて片付けられたばかりの机に置く。

 執行部内のやり取りが印字されている。

「議題・新規ロッカーの処遇について」

 三人が揃ったところで柏木さんが読み上げる。

「新規……?」

 どうやらあのロッカーは、この年に運ばれてきたらしい。


 参加者 執行部長(葛原) 副部長(吉野) 体育会担当(永浦) 文化会担当(須藤) 同好会担当(成宮) 委員会担当(北条) 局統括(賀茂) 庶務(神楽) 庶務(風見)


葛原 かねてより懸案事項であった体育系部室の収納能力のキャパシティオーバーについて、新規にロッカーを導入することで一応の問題解決とすることとする。


吉野 予算上の問題については、北条および賀茂が解決。中古のロッカーを割安で取得。当面の使用には問題ないと判断。


永浦 体育会連合の了承も取り付け済み。


須藤 文化部連合から異議あり。収納能力については文化部も同様であり、措置をお願いしたいとのこと。


成宮 同好会からの昇格願いが二件あり。その分を加味すると教室の使用についても再配分の必要が生じる。


神楽 『監査』から取得経緯および使用経費について詳しく調査したいとの連絡あり。


北条 経緯および経費について対処する。


風見 同じく『監査』から事前連絡がなかったことについての追求書が届く。


賀茂 追求書について対処する。


葛原 了解した。以上、本件については終了とする。


 至極簡潔に議事録は書かれていた。もっとも、本当はこのような形式張った会話がなされたわけではないだろう。文字に起こされる段階で、不必要と判断された部分が省かれているだけだ。

「北条先生が、あのロッカーを手に入れてきたのですね」

 柏木さんが感嘆する。彼女はお兄ちゃんの存在を知らない。

「いったいどんな方法であんな大きなものが手に入ったんだろう」

 シロも不審がっているようだ。

「まあ、いいか。コートを着てロッカーまで行ってみよう」

 ぼんやりと疑問に見切りをつけて、シロが自分のコートを取りに行く。

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