二月「チョコレートは裏切らない」②
いつもの間抜けな声が電波越しに届く。
「ああ、おはよう、杏。どうしたの?」
完全に寝起きと思われるうすらぼんやりのおかげで、アップダウン関係なくこちらのボルテージは最高点に到達した。
「おはようバカユート」
「朝から失礼な挨拶だな、最近一周回って初期型杏になっているよ。それで僕が何をしたっていうの」
初期型とは何だ。
「今日の予定憶えている?」
「もちろん忘れてないよ。でも時間までまだあるじゃないか、それがどうしたの?」
どこまでもとぼけた声だ。
「今私、くるみちゃんの家にいるんだけど」
「へえ、僕も行ったことがあるよ、モンブランが美味しいんだよね」
「その話は今してない!」
いつの間にそこまで親密度を高めていたんだ。まったく、油断も隙もあったものではない。
「……恐ろしいほどに理不尽だよ。なぜ怒られなくちゃいけないんだ」
「それで、そこにね」
「謝罪なし、か……」
「黙れポチ、話を続ける」
「……はい」
言葉の暴力で彼をねじ伏せる。頭の中に正座をしている彼が浮かんだ。いや、きっと変わりなくベッドに寝転んでいることだろう。
「それで、そこに、絹木先輩が、いたんだ、け、ど」
単語一つ一つを強調して、問い詰めるように伝える。
「あれ、そうなの? 先に合流しているんだ」
「合流?」
「いや、絹木先輩がいるんでしょ、合流じゃないか。二人揃って来るとは聞いていなかったけど」
「だって、今日は二人でデー……」
「ん、何? 杏、良く聞こえない」
失言しそうになった私が慌てて取り繕う。
「あ、遊ぶって言ったじゃない!」
「遊ぶとは言ったけど、二人で、とは言っていないと思うけど」
「ううう、むむむ」
彼の言う通りだ。風に吹かれて冷静さを取り戻していくとその通りだ。
数日前、意を決して何パターンもシミュレーションして、「あ、そうなんだ、忙しいならいいんだけど」とか断られたときダメージをみせないように台詞に出して家で練習していた私を丸めた新聞紙で叩いて笑ってやりたい。あのトーヘンボク、全然意味を理解していないぞ、と。
「絹木先輩が来るってことは」
「うん、一ノ瀬先輩が来るよ、というか、先輩がおごってくれるって、メールしたはずなんだけど」
「届いていない」
「送信履歴には残っているよ」
「届いていない!」
「……はい、すみません、連絡の徹底が不十分でした。それで、どうする? 嫌なら今日は止めておく?」
「ユートはいいの?」
彼は私と一ノ瀬先輩が一緒にいることを好んでいなかった。彼自身も関わり合いになるのを避けているようだった。春の時からそうだった。それがどうやら彼らの中で何らかのやり取りというか、解決というか、雪解けのようなものがあったらしく、普通の面識のある先輩後輩、というくらいには関係があるようだった。その辺りの詳しいことは邪推するしかないし、聞いても彼は教えてくれないだろう。
「いや、うん、まあ、もういいかなって」
適当に言葉を濁して彼が答える。
「じゃあ私もいい」
「そういうことだから、どうして柏木さんの家に集合しているかは聞かないけど、二人で来ればいいよ」
「わかった。じゃああとで」
「はい」
ツーツー、と通話が切れたのを耳で確認して、通話終了を押して、握りしめたスマフォを思い切り耳まで上げて、三秒耐えたあとゆっくりと下ろし、小声で「バカヤロー」と叫び、メールの受信フォルダから一通証拠を抹消しておいた。
もう一度深呼吸をして、喫茶店に入る。
「大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫、大丈夫、さて、チョコレートを作りましょう!」
威勢良く、あからさまに不自然なかけ声を出す私に、なぜか怯えたような表情をするくるみちゃん。
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