十二月「過去からの挑戦状」

十二月「過去からの挑戦状」①

 年末も近づいている師走の終わり、終業式ももうすぐ、というところで私は執行部の部室にいた。部室にいるのはいつもの一年生メンバー、つまり、私、シロ、柏木さんである。上級生はもうすでに帰っている。

 私たちは一年生を意味する青色のジャージを着て、だらだらと動いている。

「普段から整理整頓っていう概念がない人たちだからなあ」

 シロがぼやく。

 私は年末の大掃除を命じられ、それに従い、机の上に放っておかれている書類を束ねて書棚に放り込んだり、適当に置かれているボードゲームの駒を集めて隅に追いやったり、得体の知れない立体構造物を誰も使っていないロッカーに押し込んだりしている。いわくこの年末行事は一年生の伝統なのだという。いつか部室が崩壊するときまでこの適当な作業が続けられるのではないかと思われるのだが、それについては当分先のようでも思えるので、歴代の一年生が目をつぶってきているのだろう。それならば、私たちもそれに倣うべきである。

「あれ、これは」

 目に見えるものを大体片付けたあとで、ロッカーに何に使ったのかもわからない長い棒を斜めにして何とか嵌め込もうとしている柏木さんが声を上げた。

「どうしたの?」

「いえ、これなのですけど」

 有象無象で混沌と化しているロッカーから、わざわざ彼女は大きな箱を取り出した。箱は黒く塗られていて、上部と思わしき箇所にはスリットがあった。これには見覚えがある。

「先代の目安箱、でしょうか?」

「だろうね」

 シロが相づちを打つ。

 目安箱、とは生徒会執行部が部室の前に置いている投書箱のことである。最近では滅多に使われることがなくなり、苦情などがあれば直接執行部員にメールなどで行くこともあって、廃れてしまった感があるけれど、ケータイの普及がそれほどではなかった昔はそれなりに機能していたらしい。それに匿名で投書ができる、というメリットもある。この投書で、私は春に一事件を担当したのだ。

「何も入っていませんね」

 裏蓋を開けて、柏木さんが確認する。今の目安箱に替わったのはいつかわからないとしても、さすがに中は空っぽのようだった。

 もう一度ロッカーに戻そうとした柏木さんをシロが止める。

「ん、ちょっと待って」

「どうかしましたか?」

「もう一回振ってみて」

「でも何もありませんでしたよ」

「いいから」

 不安げにシロを見つめながらも、彼女はシロの指示通り小さな体ごと箱を振る。

「ほら」

「あ、ほんとだ」

 わずかにカサカサと箱から音がするのが私にも聞こえた。

「でも」

「貸してくれないかな」

 シロは柏木さんから箱を受け取って中に手を入れながら丹念に検分している。

「なるほど」

「どうしたの?」

 一人で納得してうなずいているシロの後ろに立つ。

「待って、今剥がすから」

「剥がす?」

「これだこれ」

 シロが箱の中から取りだしたのは折りたたまれたルーズリーフだった。

「これが、箱の天井にシールで貼り付けてあったんだ」

 ルーズリーフはきれいにたたまれて、封筒のような形になっている。昔、そういう手紙のやり取りが流行った、というのは知っている。これもケータイメールが一般的には普及していなかった時代の名残だ。ということは、その時代から箱に張り付いていたのだろうか。

「広げてみよう」

 シロが折り目を丁寧に伸ばしながらルーズリーフを元の形に戻す。細かいところで意外と几帳面なやつだ。

「さて、これは、なんだろうね」

 ルーズリーフには中央に文章と、左下に日付とサインが書かれていた。

「ずいぶん昔に書かれたものだね、この日付が正しければ、の話だけど」

 書かれていた日付は、今よりも九年前の十二月だ。そしてこのサインに私は見覚えがある。インターネットの公式サイトで時折出ている直筆のサインと同じものだからだ。

「ナル、って書いてあるね」

「うん」

 ネット上で活動をしている二人組の音楽ユニットQQLのボーカルのナルのサインだ。そして彼女はお兄ちゃんとクラスメイトで、私はお兄ちゃんの結婚式のときに会っている。シロもライブに行ったのだから、ナルの名前くらいは、たぶん憶えてくれているだろう。

「ナルって、成宮先輩のことですか?」

「成宮先輩? 柏木さん知っているの?」

「はい、北条先生と同時期に執行部にいた先輩で、有名人と言えば北条先生と同じくらい有名だったと思います」

「ふうん」

 シロが興味なさそうに生返事をした。

「どんな人だったの?」

 直接会話をしたことがある私が伝聞でしか知らない柏木さんに聞くというのも妙な感じがするけど、彼女は鼻に指を当てて少し困ったような仕草をした。

「ああ、いえ、ご本人のことはあまり知りません。美人だった、というのは聞いています。シロさんにこちらの方がわかりやすいかもしれません、成宮商会の娘さんです」

 それを聞いたシロがぽかんと間抜けな顔で口を開けて、

「ああ」

 と呟いた。

「成宮商会?」

「ええと、この辺りにある港湾事業の大部分を担っている会社です。何でも大正時代から創業している会社だそうです。東京にある大企業と比べれば規模は小さいかもしれませんが、近辺ではかなり大きな会社です。成宮さん、と言えばここの会社のことを指します」

 だから、ナルは結婚式でQQLのことは公にしたくない、と言っていたのだ。地元の名士の娘がインターネットなんてよくわからないところで音楽活動をやっていると知られては色々とまずいのだろう。

「そういえば、本人のいないところではこう呼ばれていたそうです、『パーフェクトガール』と」

 確かに、容姿端麗、成績優秀、おまけに実家が長年続く事業家とくればそう呼びたくなるのもうなずけるが、ちょっとそれは恥ずかしくないだろうか。

「それで、その万能少女が、どうしてこんな文章を残していったんだろうね」

「そうですね……」

 再び視線を三人がルーズリーフに落とす。

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