十二月「過去からの挑戦状」②
ルーズリーフの謎に集中するのは大掃除を終えてからにしよう、というシロの提案に賛成した私たちは、その後はてきぱきと床掃除をして、新年を迎える準備を整える。それからシロを追い出して、私と柏木さんでジャージから見栄えのしない紺の制服に着替えた。シロはどこか教室ででも着替えてきたらしい。
「さて、と」
シロがルーズリーフを広げる。
そこに書かれていた文言はこうだ。
私は昨日交わされた言葉で創られた
永遠の桜の中に閉じ込められている
私は冬に目が覚めるのを待っている
四角から雪を取り出すために
「うーん、なんでしょうね」
柏木さんが首を捻る。
「暗号なのかな」
「夏のものよりは簡単だろうね、暗号というよりはなぞなぞみたいだし」
私の言葉をシロが半ば否定する。
「暗号となぞなぞの違いはなんですか?」
「まあ、違いはないだろうね。ただ、他の文字と入れ替える換字(かんじ)や文字を並び替える転(てん)字(じ)ではない、つまりはサイファではないってことだけど、符(ふ)牒(ちょう)や隠(いん)語(ご)でもない、ってことかな。どちらかといえば、スフィンクスの問いかけ、みたいなものだよ」
「ああ、それは、朝は四本足、というものですね」
朝は四本足、昼は二本足、夜は三本足、これは何だ、答えは人間、でお馴染みのやつだ。
「そうそう、だから、夏よりももっと簡単に、というよりも柔軟に、素直に考える必要があるかな」
「じゃあシロにはもうわかったってわけ?」
「そういうことを言っているんじゃないよ、難しくはないってことさ。素直な杏さん、素直に考えてみようよ」
「シロ、なんか馬鹿にしてない?」
「いいや、全然、さあ、一行目から考えてみよう」
できの悪い生徒に教える教師が優しく諭すように言う。
「『私』っていうのはきっと隠されている『何か』で、それを見つければいいってことだよね。それが、『交わされた言葉で創られた』、次の『永遠の桜の中に閉じ込められている』っていうことだから」
「そうだろうね、『交わされた言葉』って言うのはなんだろう。言葉っていうのは大体交わされるものだよね、独り言でもない限り」
下唇を指でもてあそびながら、シロが考えている。いつもの思考のポーズだ。
「あ、いえ、そういうこともないと思います」
「柏木さん?」
「たとえば、小説の地の文は『交わされた言葉』とは言えないのではないでしょうか。辞書や論文もそういった意味では言葉、文字ですけれど、交わされたわけではないと思います」
「ああ、なるほど。ここは『私』が何らかの物質であると仮定して話を進めるとして」
「場合分けね」
シロが大好きな言葉は、『定義』と『可能性』と『場合分け』だ。
「その通り。柏木さんは良い線いっていると思う」
「本当ですか?」
心なしか背の低い柏木さんが伸びをしたように見えた。
「これを発見するのは執行部員だけだろう。だから、きっと生徒会室の中のどこかにあるんじゃないかと思う」
「でも、こんなに昔の文章なんだよ、そのときはあったとしても、もう片付けられてないかもしれないじゃない」
「そうだね、杏さんの言う通りだ。でも、貼り付けられたことから考えて、ある程度の時間を経ても大丈夫なように考えられている、と思う」
「ずいぶん肩を持つみたい」
「そこを疑いだすときりがないからね。可能性が一番高いところから攻めてみるしかない。それにきっとフェアであることを望んでいるはず。奇妙かもしれないけれど、解読者は、制作者をその点においては信用しないといけない」
実際に会話をしたことがある私も彼女がそれくらいのことは想定していそうな気はしている。
「部屋にあるもの、交わされた言葉、会話……? 会話をまとめたもの」
「議(ぎ)事(じ)録(ろく)!」
「杏さん、素晴らしい、それだ」
議事録は、執行部内、各委員会、体育会、文化会の打ち合わせをまとめたものだ。誰が発言したか、簡略的にまとめられているので、まさに『交わされた言葉』で創られている。
「議事録といっても、ここにあるだけもので十数年分、図書室に行けば更に古いものがあると思うのですが……」
「この日付が書かれたものより新しいものは最初から排除してもよいよね、それに、『昨日』って言っているから、この時点で最新の議事録を指しているんじゃないかな、あまりに古い、たとえば書かれたとき図書室の閉架書庫にあるようなものは面倒だし、隠さないと思うよ」
「そうですね」
「まあ、一番わかりやすいのは二行目だよね、一行目が議事録ってことさえわかれば」
「『永遠の桜』?」
「単に季節を指しているんだと思うんだ。議事録は年四冊の分冊だからね」
「春の号」
桜といえば春だ。北海道のこの辺りでは五月頃に満開になるから、四、五、六月が収められた春季のものが適している。
「そうだね、この年の春季か、もしくは製作年から考えてもう一年前のものかな」
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