おまけ(ポストカード)

書店限定カバーについていたSSです。(これを持っている人はかなりレアです)



「ねえ、ポチ」

「なに? 杏さん」

 彼はイスに座って本を読んでいた。顔も上げず上の空で返す。窓の向こうでは砂浜に波が押し寄せている。彼がページをめくる音だけが小さく鳴り、二人しかいない教室に融けていく。

「ポチはいつも本を読んでいるけど、カバーかけないんだね」

「ああ、そうだね」

「どうして?」

 彼が手を止めて、そのまま右手の親指と人差し指で下唇を摘まんだ。彼は考え事をするときいつもこの仕草をする。

「どうして、か、あまり考えたこともなかったけど。そうだな、そもそもブックカバーをかける理由を場合分けするとして」

「でた、屁理屈お化けの場合分け」

 彼の好きな言葉は『場合分け』と『可能性』だ。そんな彼のことを私はいつも『屁理屈お化け』と呼んでいる。

「聞きたいのか聞きたくないのかどっち?」

「聞きたい聞きたい」

「カバーに価値がある場合と、本に価値がある場合」

「うん?」

「前者はカバーが珍しいとか、綺麗だとか、そういう理由。自分が見たいのでも人に見せたいのでもいい。後者はそうだね、本そのものに価値があるから、カバーで保護して汚したくない、という理由」

「ああ、そっか」

「他には本の表紙を人に見られたくないから隠したい、というのもあるかもしれない」

「ああ、それはわかるかも。漫画とかね」

 誰も気にしていないのはわかっているけれど、通学途中のバスの中で漫画を開くのは勇気がいる。だから、せめてカバーで表紙を隠して紙に顔を近づけて読む。

「僕は漫画でも気にせず読むけど」

「人それぞれじゃない」

「その通り。読書をしている間は、頭の中はそこに書かれている文字や絵の世界に占領されている。表紙を他人に見せて、何を読んでいるか悟られるということは、その頭の中を見られていることに等しい。それを嫌う人がいる可能性はある」

「私はそこまで考えていないよ」

 相変わらず何事にも不必要なほど考えを張り巡らせている。

「そういうわけで、これらの挙げた理由に僕は特に当てはまらないのでカバーをかける必要性を感じていない。本の表紙に価値があるから隠したくない、というのでもない」

「表紙に価値?」

「本を読んでいる自分をアピールするために難解な本を読む、という人もいる」

「ああ」

「別に否定するつもりはない。どんな理由であれ、本を読むことに変わりはない。それで、この会話どこに向かうの?」

 当然の疑問を彼が言う。そして私は用意していた動作を、滑らかに淀みなく行う。彼の眠たげな瞳がこちらを見た。

「はい、私のカバー。あげる」

 差し出されたカバーを彼はきょとんと見つめていた。

「どうしたの?」

「うん、たまたま本を買ったらお店の人が慌ててたのか二枚つけてくれたから」

「そう、じゃあ、遠慮なく」

 受け取った手で、彼は自分の文庫本にカバーをかけた。

「さて、そろそろ帰ろうかな。今日は仕事もないみたいだし、部室は寄らなくてもいいだろうね」

「私、帰りに伊東屋行きたい」

 駅前にある鯛焼きとたこ焼きのお店だ。クリームが絶品。

「カバーでタイ焼きを釣った」

「おごってなんて言ってないわよ」

「おごるとも言っていない」

「むー」

「そうだ、カバーをかける理由があと一つあった」

「どんな?」

 立ち上がって、本をカバンにしまおうとしていた彼が、右手でカバーの隅っこ、私がイタズラ書きをした犬の絵をこつんと叩いた。彼は時々見せる、子どもっぽい犬みたいな顔で笑う。

「カバーをくれる人に価値がある場合だ」

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