二月「チョコレートは裏切らない」⑥
絹木先輩と電車に乗る。当然のことながら先輩は無表情というよりは、地獄の底を見ているような沈んだ顔をしているので、語りかけられる雰囲気ではなかった。先輩はこれから恋人と会うはずなのに、どうしてこんなに死にそうな顔をしているのだろう。
絹木先輩は、黒と基調として襟が白のコートを着ていた。
一方の私は赤に白の襟のコートである。
薄々気がついていたが、私と絹木さんのファッションの系統はどうやら同じらしい。
「先輩」
四人がけのボックス席に斜めに向かい合って座っていた先輩に話しかける。重苦しい空気から何とか逃れるためだ。
(なに?)
言葉は発さない。視線だけで会話を試みようとしているみたいだった。
「先輩、あ、一ノ瀬先輩は東京に行くんですよね?」
(こくん)
「やっぱり、遠距離になるんですよね?」
(こくん)
「寂しく、ないですか?」
(……こくん)
しまった、これはうなずくだけではどちらを意味しているのかわからない。
「夏には……。行くから……」
ぼそぼそと言う。
「ああ、先輩が、東京に行くんですね」
(こくん)
一ノ瀬先輩がこちらに帰郷する、というわけではないらしい。大学生の夏休みの方が長いから、一ノ瀬先輩が戻ってきた方が長くいられるのでは、と思うのだけど、そうはいかないのだろうか。
「私も……。夏期講習……。通うから……。東京の……」
「ええと、絵の講習ですか? 先輩は美大志望なんですね」
(こくん)
それなら、絹木先輩の言うように夏の間だけでも東京に行った方がいいかもしれない。この辺りでは一般の入試に対応してくれる塾はあるけれど、美大用となると、札幌まで出なくてはいけないから、結局は東京にいるのと同じことだろう。
「それに……。メールも……。チャットもあるから……」
先輩は自分に言い聞かせるようにぼそぼそと話す。彼女の言うように、今の時代連絡を取ろうと思えば、メールもあるし、パソコンがあればビデオチャットもできるだろう、だけど、それで十分だろうか。通信越しのやり取りだけで満足できるのだろうか、触れられないことにいつか苛立ちを覚えないのだろうか。それを先輩に聞くのは心が咎められた。なんだか、彼女もその先にある漠然とした不安に悩んでいるように見えたからだ。
「私は……。どこにでも行くから……。あの人が行く場所なら……。どこにでも行くから」
かすかに、普段よりも強い口調で先輩が言った。自分に言い聞かせるようでもあった。
そのあと彼女から投げかけられた質問に、私は電車が目的駅に着いても答えられなかった。
「あなたは……。行かないの?」
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