大晦日「推理のない日」
大晦日「推理のない日」①
「キツい……」
愚痴をこぼす私に隣にいたシロが返す。
「歩きやすい服装がいいよって言ったのに」
人混みでざわざわとしているので、数センチだけシロは私に顔を寄せた。
「歩きやすい、つもりだった。もっとちゃんと聞いておけばよかった」
「じゃあ仕方ないね、諦める?」
シロがわざとらしく両手を挙げて呆れるような仕草をする。
「わけないでしょ、行く」
「じゃあ頑張ろうか。戻るにしてもそこそこ大変だろうだし」
私が一歩ずつ足を上げて進める。
厚底のブーツがカツカツと音を鳴らす。ヒールとは比べるまでもないけど、厚底も足元の感覚が鈍るのでこの場では不適切だったことは認めないといけない。
「僕と同じくらい?」
自分の頭の先に手を当てて、水平に私の頭へとスライドさせていく。身長の差の話だ。
「そうかも、しれない」
「差は縮まらなかったね」
「わっ」
あやうくバランスを崩しそうになる。
「おっと」
後ろ向きに傾いた私の背中を彼が右手で支える。
「ありがと」
「滑るのも気をつけてね。それは……雪国仕様ではないね」
私の足元の黒のショートブーツを見てシロが言う。
「ユートだって、スニーカーじゃない」
「それはそうだけど、僕は経験値があるから」
「そう」
幸い今日は雪が降っていない。数日前に少し降った雪がここ数日の気温で溶けて、また凍っているようだった。これまでに積もった分はさすがに片付けられているらしい。一年で一番混む時期なのでそこは向こうも準備しているのだろう。
「足は、こう、横にスライドさせるんじゃなくて、上からきちんと踏みつけるようにする」
シロのアドバイス通りにおっかなびっくり足を動かす。滑って後ろにでも倒れたら大変なことになる。
密集した人に潰されてぶつからないように注意する。
「これ、あとどれくらいあるの……」
「さあ、覚えていないけど、まだ百段はあるんじゃないかな」
事も無げにシロが言う。
「あ、今また後悔しかけたね?」
「……だい、じょうぶ」
「それにしても、白いね」
「うん?」
「いや、服装がさ」
シロが肩から足先までを見た。
白い、というのは私が白いフリルのリボンコートを着ているからそう言ったのだろう。本当は淡い水色が入っているのだけど、この月夜と階段を照らす即席のライトではそこまではわからないだろう。
「それ、寒くない?」
「我慢している、それにタイツも穿いているし。ユートはもこもこだね」
白いタイツのおかげで、直接外に触れているのは顔と両手だ。ミトンの手袋くらいは用意しておいた方が良かった。
ダッフルコートを着たシロを見る。
「そこまで白いと汚れが心配になってしまう」
「うん、だから、勝負……じゃなくて、たまにだけ着ているの」
「そうなんだ」
「どう?」
「どうって?」
「私の服」
周りの邪魔にならないように、右手でスカートを掴んで揺らす。
「そう言われても、ファッションについて詳しくないし」
「詳しいかどうかは見た目の評価には関係ないでしょ」
「客観的な知識がないから」
「主観的な話をしているんだよユート」
唇に右手を当てて、思案をしている。
このわずか、シロを困らせるのが面白い。
「えーと、うん、似合っているよ、杏」
「素直でよろしい」
腰に当てる。
「言わせてないかなあ」
シロが肩をすぼめた。
「口にすることで意味が生まれる?」
「杏が僕が言いそうなことを学習している」
「そういう自覚はあったんだ」
「まあね。でもたしかにそうだね、言葉で伝えることは大事だ」
列が少しずつ移動している。
心なしかみんな浮き足だっているようにも感じる。
多くはないが晴れ着を着ている人もいる。
「話をしていればなんとか耐えられる?」
シロが聞いた。
「そう、だといいけど」
また一歩、慎重に足を上げる。
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