二月「チョコレートは裏切らない」④
「絹木先輩はどうやって一ノ瀬先輩と知り合ったのですか?」
くるみちゃんが業務用の冷蔵庫を閉めてこちらに振り返って言った。
シロに影響されたのか聞きにくいことを軽々しく聞くなあ、と思いつつも、私も気になるところではあるし、絹木先輩はくるみちゃんの中学時代の先輩でもあるので、その辺りは多少踏まえているのか。
「あの人がホールの絵を見てたの」
絹木先輩が視線を変えずに言う。
「それは私も見ました」
ホールに飾られていた絵なら私もシロと一緒に見た。絹木先輩がどこかのコンクールで入賞した作品だ。精巧なタッチで、教室の窓から見える海辺を砂の一粒から波飛沫の一滴まで再現しているような、一瞬を正確に切り取ったような絵で、思わず息を飲んでいまい、しばらく立ち尽くしてしまった。
「私が通り過ぎようとしたとき、あの人が振り向いて、『これお前が描いたんだろ?』って言ったの」
『お前が描いたのか?』ではなく、すでに断定口調なのが先輩らしい。その程度の個人情報はとっくに知っている、ということだ。
訥々と先輩が語る。
「あの人は言ったの、初対面の私に向かって『なんでこんなつまらない絵なんて描くんだ』って」
つまらなそうに、鼻を鳴らしながら言う先輩が簡単に想像できる。
「私は何も答えられなかった。そんな質問をしてくれる人なんて、今までいなかったから、嬉しすぎて」
最後の言葉が印象的だった。普通なら馬鹿にされたと思う台詞だと思うし、実際、一ノ瀬先輩は馬鹿にしたのだろう。それでも絹木先輩にとっては、受け取った意味合いが異なっていたのだろう。
くるみちゃんが話していた、中学生だった頃の絹木先輩のエピソードを思い出す。周囲には精緻な絵を好んでいると思われていた先輩と、本来の力強く抽象的な絵を描く先輩の話だ。一ノ瀬先輩も、彼女のことをこう評していた『ぐちゃぐちゃの感情を消化できないくせに、何とかまともに見せようとしているところなんかがいい』、と。
シロは確か、『写真みたい』と言った私に、『写真みたいな絵に意味はあるのか』みたいなことを言っていた。シロと一ノ瀬先輩の言葉にどれほどの違いがあるのだろうか。もし先に絹木先輩がシロとあのホールで出会って、シロがこの言葉を言っていたとしたら、彼女はどうしていたのだろうか。考えようとした靄を頭を振ってかき消す。
この後、絹木先輩による猛アタックが行われたようだ。ようだ、というのは彼女がそう証言したのを鵜呑みにしたからであり、実際にどのような行為が行われたかは聞かなかった。というか、怖くて聞けなかった。
結果、一ヶ月ほどして一ノ瀬先輩が折れたのか、二人は付き合うようになったらしい。そうはいっても、今日のように学校の外に出かけるケースはそうそうなく、あっても一ノ瀬先輩が下校する後ろを彼女が下を向きながらひょこひょことついていくくらいだったらしい。
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