大晦日「推理のない日」⑤
入り口を抜けるとその先では休憩所とストーブがあった。休憩所と言っても、パイプイスを並べたような簡易なものだったけど、ストーブのおかげかほっとする温度だった。
「はい」
紙コップに注がれた甘酒を二つもらってきて、先に座っていたシロに渡す。
「ありがとう」
私も横に座る。
ストーブで暖められた室内でも紙コップからは湯気が出ていた。
甘酒を口に運ぶ。
「甘い」
シロが率直な感想を言った。
「でも、ああ、染みるね」
砂糖がかなり入れられているだろうか、私が作るものよりは甘い。
「ユート、これは、酒粕の甘酒だよ」
「甘酒に種類なんてあるのか」
「そういうのは知らないんだ」
「僕にも知らないことはある。いや、知っていることの方が少ない」
「米麹のと、酒粕のがあって、これは酒粕を使った方、結構味が違うんだよ」
「人生で甘酒について考えたこともなかった。杏はどっちの方が好き?」
「私は断然酒粕かなあ。香りが違うんだよね」
「それはよかった」
シロは両手で紙コップを包んで手を暖めている。
「そういえば、昨日久々にロッテから連絡があったよ」
「そうなの?」
「うん、まあ、そんなに悪い感じでもないみたい。完全監視付きになったからもう脱走できない、今度はそっちから遊びに来て、だって」
「ドイツまで?」
夏にやってきたロッテは元々ドイツにいる。今も多分そうなのだろう。
「でも、たぶん、会えないよ。ちょっと特殊な環境なんだ。一般人は立ち入れない。第一、こっちから連絡を取るのも難しいんだよ。今はたまに思い出したようにメールが来るくらい」
「そっか」
「ああ、そうそう、ビデオメッセージを預かっているよ」
シロが甘酒を左手で持って、右手でケータイを見せてくれた。
小さな画面にロッテが映っている。
画面の向こうのロッテは青白い入院着のようなものを着ていて車椅子に座っていた。普段からそうして過ごしているのか、症状がそこまで進んでいるのかはわからなかった。
膝の上には私が上げたぬいぐるみ、カトー君が乗っている。
幼い表情で、ロッテが手を振る。
「杏、元気か? 私はそうじゃな、ボチボチ、じゃ」
その手も少し重そうだった。
「杏に伝え忘れたことがあって、無理を言って撮っているんじゃ」
一度ロッテが頷いた。用意しておいた言葉を準備しているのだろう。
「『人間は、失敗をする権利がある。特に若いうちならなおさらだ』」
はっきりとした声でロッテが言った。
見た目でも実際の年齢でもロッテは私よりだいぶ若い。
「それじゃあな、杏、元気で暮らせよ」
ロッテが手を伸ばし、画面が覆われるとそこで暗転した。
映像はこれだけらしい。
「ユート、これどういう意味?」
「さあ、ロッテらしいというか、まあ、そのままの意味だと思うよ」
「わからない」
「ロッテは『自由』と『権利』を重んじるんだ。自分の今の待遇も、自分の意思によって決めたものだと思っている」
「うん」
「君にも同じように、自由な選択をしてほしい、ってことじゃないかな。真意はどうとでも取れるけどね」
「うん」
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