第2話 「あぁ、どんまい」

 銀はここ最近、毎日のように出かけていた。

 銀籠はお留守番を任され、一人で過ごすことが多い。


 留守番をするのはいいのだが、どこに行っているかだけは教えて欲しいと伝えるが、何故か教えてくれない。


 聞くと、必ず一言。


「そのうちわかる」


 そればっかり。

 銀が息子である自分に言えないこととはなんだろうかと、日々悩んでいた。


 そんなある日、銀が行きたい場所があると銀籠を森の外へと連れ出した。


 目的の場所に向かっている途中、人が住んでいる村を歩かなければならないため、銀籠は震える体を引きずり人の姿をしている銀にしがみつきながら歩みを進める。


 村を進むと、二人が住んでいる森とはまた違う森があり、銀は迷うことなく中へと入った。


「……はぁ」


「村の人口が少なかったのもあるじゃろうが、体が震える程度で済んでよかったのぉ〜」


「なぜ、わざわざ……」


 銀籠は銀の考えが全く理解出来ず、怒りか芽生えていた。

 青筋を立て、荒い息のまま銀を睨みつける。


「ま、まぁまぁ、落ち着け」


 ────苛立たせているのは父上だろう!!


 銀籠が本気で怒っていると察し、口元をひきつらせながら銀は落ち着くように宥める。


「ワシらが今向かっておるのは、陰陽師達が住む陰陽寮だ」


「っ!? 陰陽師!? 何を考えているのだ父上!」


 "陰陽師"という言葉を耳にした途端、怒りが焦りに変わり銀籠は声を荒らげてしまった。


「陰陽師の存在は我でも知っているぞ! 我々あやかしを封印したり、祓ったりする者達なのだろう!?」


「半分あっているが、半分間違っておるぞ。陰陽師は基本、占いなどを主に行っておるのじゃ」


「そこはどうでも良い!!」


 肩を上下に動かし、銀色の瞳を大きく開き唖然。

 歩みを進めていた足を止めてしまった。


「む? そこで立ち止まってどうした? もう辿り着いたぞ?」


 銀の言う通り、もう数歩進めば陰陽寮と呼ばれている和風建築へと辿り着く。


 首を横に振り、行きたくないと駄々をこねるが意味はなく、銀に手を引かれ陰陽寮の前まで来てしまった。


 ────なぜ、こんな所に案内した。

 銀籠は怒りや恐怖でワナワナと唇を震わせ、銀を後ろから涙目で見上げる。


 早くここから逃げようと、銀の袖を引っ張ろうとするが、動いてくれない。


「ここの陰陽寮は安全じゃぞ、銀籠。なんせ、九重家ここのえけじゃからな」


 ────父上が分かっていても、我は九重家など聞いたことなどないぞ。


 ドヤ顔で銀が説明をするが、銀籠は顔を青くするばかりで理解ができない。

 口をあんぐりとさせていると、屋敷の扉が開き、一人の老人が現れた。


「…………来たか」


 老人の声は低く、硬い。

 高い位の人だと、纏っている空気だけですぐわかる。


 銀籠は最初、老人を見た瞬間足がすくみ、小さな悲鳴を上げた。


 だが、前に立っている銀だけは何があっても守らなければならない。そう思い、銀を守るように前へと出る。


 銀籠の様子を見て、老人は首を傾げた後、銀へと問いかけた。


「…………まさかと思うが、銀。ワシらについて、話しておらんのか?」


「何を言っておる、九重家についてだけはさすがにはなっ――」


 銀籠をみて否定しようとした銀だったが、言葉が途中で止まる。


 今まで銀籠が知っている体で話していた銀だったが、よくよく思い返してみれば、陰陽師九重家について話した記憶はない。


 数秒親子で見つめ合っていると、銀が舌をだし誤魔化した。


「……………………てへっ」


「何を話し忘れたのだ父上!!!!」


 銀の態度に銀籠は思わず叫ぶ。

 二人の様子を見ていた老人は深いため息を吐き、頭を抱えた。


「銀、お前…………」


「ま、まぁ、良いじゃろう。それより、今日は代替わりについて話しをするのじゃろう? 協力するぞ」


 分が悪いと思い、銀は怒っている銀籠を何とか抑えつつ無理やり話題を変えた。


「少々不安はあるが、お前の目や勘は結構当たる。頼むぞ」


「そこまで期待されると、嬉しいと思う反面、緊張するのぉ」


 口では緊張すると言っているが、ケラケラと笑い、銀籠の頭をなでる。


 今だ頬を膨らませ怒っている銀籠に顔を向き直し、銀色の瞳を見つめ、にこっと笑いながら銀籠にとって残酷な事を銀は躊躇なく口にした。


「銀龍、ぬしには少々過酷な時間が始まるとは思うが、頑張るのじゃぞ。荒治療というものじゃ」


 ────荒治療?


 銀の言葉を銀籠の頭は理解することを拒み、数秒目を丸くする。だが、数回頭の中で同じ言葉を繰り返してしまい、嫌でも理解し顔を青くした。


 逃げようと体を後ろに向けるが、逃げられ訳もなく。

 銀は笑顔で銀籠の手を掴み、老人へと歩き出してしまった。


「ひっ!! ち、父上! 父上~~…………」


「むっ、心が痛む、痛むぞ開成かいせいよ。ワシは実の息子に名前を呼ばれ、心が抉られておる」


「それをワシに報告されてもどうする事も出来ん」


 ────そう思うのなら、今すぐに帰らせてくれ!


 銀籠は涙を浮かべ、力が入らなくなってきた体で何とか銀を止めようと足を踏ん張る。


 そんな彼の様子に、銀は自分で荒治療と言って、開成と呼んだ老人に近付いているのに胸を押さえ苦しんでいた。


 二人のやり取りに呆れつつ、開成は腕を組み銀籠を刺激しないように努めた。

 

「話には聞いていたが、ここまでか」


「お手柔らかに頼む。ここに来るまででも無理をさせてしまったのじゃ」


「わかった。今、ワシ達が通る廊下は人払いさせておく。必要最低限の者しか呼ばん」


「助かる」


 開成がそこまで言うとは思っておらず、銀籠は少しだけ驚き、ちらっと老人を見た。


 視線には気づいているが目を合わせる事はせず、開成は一人の陰陽師を呼ぶ。

 先程の話を伝え、人払いをさせた。


「準備は出来た、行くぞ」


「あぁ。行くぞ、銀籠」


 まだ不安は残るものの、銀籠は銀の手を掴み、屋敷の中へと入った。


 廊下は完全に人払いが完了しており、人っ子一人いない。


 それはいいのだが、開成が前を歩いている為、銀の後ろにいる銀籠はまだ怯えている。


 銀籠の心情を察し、開成は後ろにいる二人と距離を置くようにしていた。


 時々、しっかりとついて来ているのか横目で確認。

 ついて来ていることがわかると、距離を詰めないように進む。


 三人が廊下を歩き進め数分、大きな襖が見えてきた。


「この奥に、二人の跡継ぎ候補がいる」


「わかったぞ、ワシのことは話しておるのか?」


「お前ではないからな、事前に話している」


「言うてくれるのぉ…………」


 苦笑いを浮かべ、銀はため息を吐く銀。

 銀籠は後ろから、哀れむような瞳を向けた。


 ────そう言われても仕方がないでしょうよ、父上。


「では、貴重なご意見、頼むぞ」


「ワシは思ったことしか口にせん。それだけはわかれよ?」


「あぁ」


 二人がお互い顔を見合わせ頷き合い、開成は襖を勢いよく開いた。


「おい、大人しくまっ――……」


 開成が部屋の中に入った瞬間、女性特有の甲高い声が三人の耳に突き刺さった。


「あぁぁぁぁあ!!! 優輝ゆうき!!! 貴方なんでそれをゲットできたのよ!! ずるいじゃない!!!」


「姉さんこそ、課金してまで頑張っていたのにもらってないの? 天井まで行ってないわけ?」


「いったわよ!! すり抜けたの悪い!?」


「あぁ、どんまい」


「キィィイイイイイ!!!」


 部屋の中には、二人の男女が手にスマホを持って、何やら言い争っている姿があった。

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