第35話 「優輝、お願い。無事でいて――……」

 神楽は台所から出て、開成の元に向かっていた。


 涙が溢れて止まらない。頬を伝い、空中に落ちる。

 何とか止めようと、目元を擦りながら廊下を歩く。


 開成の部屋にたどり着くと、何も言わずに襖を開き開成を驚かせてしまった。


「っ! おい、なにもいわっ――ど、どうした?」

「お、おじいちゃぁあん。もう、わ、わかんない。優輝が、夕凪姉さんが、私……もういやだよぉぉぉお」

「!? と、とりあえず落ち着け、何があったんだ? 優輝がどうした? 夕凪と飯を作っていたんじゃないのか?」


 子供のように泣きじゃくる神楽に駆け寄り、頭を撫でてあげる。

 何故ここまで取り乱し、泣いているのか開成には分からず焦る。


 神楽がここまで取り乱したのは、親が任務中に命を落として以来。


 優輝と神楽は、普段ゲームがしたいとわがまま放題。でも、大人の考えも持っており、本当に学生なのか疑う時がある。

 それは、親が任務でいないことが多く、二人でずっと寄り添い生きてきたから。


 神楽は優輝の姉というのもあり、気丈に振る舞うことが多い。

 そんな神楽が、今回は人の目も気にせず泣きじゃくっている。


 開成は落ち着かせようと抱きしめ、背中を撫でてあげた。


 何も言わずに撫でていると、徐々に落ち着き始め、涙も止まったらしく顔を上げた。


「おじいちゃん」

「どうした、神楽。ワシに話せることか?」

「…………うん」


 開成は神楽を部屋の中心に置いてある座布団に座らせる。

 ティッシュで涙を拭いてあげると、神楽は鼻をすすりながらさっきの出来事を話した。


 言葉がまとまっておらず、雑然としている。

 だが、それでも開成は途中言葉をはさむことはせず、聞き続けた。


「……うーむ。これは本人達が解決しなければならない案件だな。今時の者が何を思って、どのように考えているのか。それを理解できないワシでは手を貸すことや助言は出来ん」

「女性心も理解出来てないもんね、おじいちゃん」

「…………ま、まぁ。それに関しては、すまん」


 神楽からの言葉に苦笑い、気まずそうに謝り気を取り直すように咳払いをした。


「だが、神楽はすごいな」

「え、なんで…………。私、最低なことを言ったんだよ? なんで、凄いの?」

「すごいだろう。自分も辛いのに、夕凪の事を一番に考えそのような発言できる人はいないぞ。自分も苦しく辛いはずなのに。さすが、ワシの自慢の孫だ」


 にこりと笑う開成に、神楽は目を逸らす。

 口を閉じ、先ほどの光景を思い出しながら考え込んだ。


「――神楽よ、お前は人の事を一番に考える事が出来る。それは、神楽にとって当たり前なことかもしれん。だがな、それができる人は少ないものだ。人というのは、何より自分を優先してしまう。だから、人のことを一番に考えることが出来る自分の事を、信じてみるがよい。そして、自分が信じる夕凪や優輝を信じてみよ。大丈夫だ、悲しむ結果にはならん、約束しよう」


 何故そんなことを自信満々言えるのか、神楽はわからない。

 また質問しようとしたが、二人の視界の端に白い何かが映り、言葉を発する事が出来なくなってしまった。


「っ、これって…………」

「優輝の式神か?」


 部屋の中には、スズメくらいの大きさの紙の鳥がはばたいている。

 開成が手を伸ばすと、待っていましたといいように止まった。


 ポンッと音を鳴らし、鳥の形をしていた式神は、ただの紙切れと変化。

 そこに描かれているのは、森の中の風景。


 緑の木が立ち並び、霧で霞む森の中。

 視界が悪く、しっかり見てもどこの森なのか判別すら出来ない。


 なぜ、優輝がわざわざこんな風景を式神にしてまで開成達に送ってきたのか。

 考えながら二人で覗き込んでみると、神楽が何かに気づき指を指した。


「ねぇ、これって。まさか、血痕……じゃない、よね……?」

「なに?」


 指を差された方を見てみると、風景画の端っこに誰かの痕が見切れていた。

 よくよく見てみると、それが赤黒い何かということは分かる。飛び散っているような形をしており、想像したくないものを連想させる。


「…………まさか…………」


 開成は一気に顔を青くし、立ち上がり走り出した。

 神楽も続くように走り玄関に。


 陰陽寮のある森の中を走ると、駐車場が見えてきて車の中に駆け込んだ。


「おじいちゃん! まさか、あれって優輝の…………」

「わからん。だが、何かあったのは確実だ。早く行くぞ」


 開成がアクセルを踏むと、車は動き出す。

 向かうのは、銀籠達が住む森。


 汗を滲ませながらハンドルを握る開成と、不安そうに眉を顰め外を見る神楽。


「優輝、お願い。無事でいて――……」


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 台所からやっと動くことが出来た夕凪は、開成の部屋にいた。

 畳の上に投げ出されていた紙を拾い上げ、森の風景を見る。


「…………優輝?」


 すぐに血痕にも気づき、夕凪は慌てたように紙をポケットの中に入れ外へと向かう。


 冷たい風が吹く中、紅色の髪を揺らし遠くを見た。


 藍色と緑のオッドアイの瞳は、色が変わり金色に。

 これは、夕凪が神通力を発動している証拠。


「早く行かないといけない気がするわね……。神足通じんそくつうを使いましょう」


 神足通とは、高い壁が合ったり、超えられない壁があったとしても、空を飛んだりすり抜けたりできる、神通力の一種。


 右の人差し指と中指を立て目を閉じ集中すると、夕凪の身体からオーラが立ち込め彼女を包み込む。


 準備は整った。


 そう言うように目を開けると、夕凪は地面を蹴り、人ではありえない脚力を見せる。

 自身より何倍も高い木を軽々と跳びこえ、一つの場所へと向かい始めた。

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