第40話 「今は、少々様子を見よう」
「――――っ!? 銀さん!? まさか貴方も自身に傷を移したんじゃ…………」
優輝がまた慌てるが、銀の額にはいくら待っても傷は現れない。
不思議に首を傾げていると、銀が軽く説明を始めた。
「銀籠は半妖、人間とあやかしの血が混ざっておる。あやかしの力を最大限使ってしまうと、人間部分の身体が負荷に耐えられないのじゃよ。じゃから、あやかしの力も弱く、傷を癒す事が出来ないのじゃ。それを銀籠は、自身に移動させる事で相手の傷を治す事を考えてしまったのじゃよ。"対象を移動"は、ぬしも何度か食らっておるじゃろ?」
その言葉に、優輝は今まで二回ほど、強制的に森から追い出された時の事を思い出す。
まさか、それを傷に使うなんて。
優輝は銀籠の優しさに胸が痛くなった。
「…………銀籠さん、今のような妖術はもう使わないでください。約束です」
「それは、ちょっと約束は難しい」
「なんで?」
「もし、優輝が怪我をしてしまったら、我は考えもせず今の妖術を使うだろう。父上が怪我をした時も同じ、考えることなく咄嗟に使う。だから、約束はできん」
銀籠の言葉には優しさが含まれているため、優輝は自身の感情のままに否定が出来ず、眉を八の字にし目線を下げる。
そんな危険な妖術は使ってほしくない。でも、銀籠の優しさを無下にもしたくない。
どうにか使わないように説得できないか悩んでいると、やっと車で来た開成と神楽が合流してきた。
夕凪がいち早く気づき、駆け寄ってくる二人を出迎える。
現状を軽く説明し、理解した二人は困ったように眉を下げ、二人の行く末を見届けようとした。
数分、重い空気が流れる。
誰も口を開くことが出来ず、沈黙が続く。
下唇を噛み、拳を強く握ったかと思うと、覚悟を決めたような表情を浮かべ顔を上げた。
「わかった、約束しなくて大丈夫だよ。その妖術を使わなくても良くするだけだからね」
「む? それは、どういうことだ?」
「俺がもっと強くなって、銀籠さんと銀さん、他の人達を守ればいいと気づいたんだ。そうすれば誰も傷つかないし、悲しまない。うん、完璧な作戦だ」
名案と言うように、優輝は明るい口調で言い切った。
腕を組み、自信満々。
そんな彼を見て、銀籠は一瞬面を食らうが、すぐに優しく微笑むと、くすくすと笑いだした。
「まったく、おぬしらしいな」
「らしいかはわからないけど、これが俺の答えだよ。それと、うん……まぁ、仕方がないかな」
「ん?」
くすくすと笑っていると、優輝が突如、げんなりとため息を吐いたため、銀籠は首を傾げた。
「やっぱり、大事な人を守るためには、どうしても力がいるみたいだからね。だから、俺は九重家を継ぐ事にするよ」
その言葉に一番過激に反応したのは、銀籠でも銀でもなく、外から話を聞いていた開成だった。
「それはまことかぁぁあ!?」
「っ、え、じじぃ? いつからそこにいたの?」
「そんなことはどうでも良い! それより、今の話は誠か!? 嘘ではないな!? 九重家を継いでくれるのだよな!?」
優輝の肩を掴むと、前後に勢いよく動かされ首ががくがく揺さぶられる。
脳みそがシェイクされる感覚に、優輝は気持ち悪くなり顔を青くした。
「あう、あう…………」
「あ、開成、優輝が死にそう……じゃぞ…………?」
銀籠が泣きそうになりながら銀に優輝を助けるように言い、銀もこれでは話が進まないと開成を止めた。
肩から手を離すと、優輝は目が回りふらふら。
すぐに銀籠が支えてあげ、体を預けさせた。
「酷い目にあった…………」
「ドンマイだ…………」
口に手を当て、胃からせり上げて来るものを堪える。
銀は開成を諫め、優輝達から距離を置くように間へと割って入った。
三人が騒いでいる光景を外で見ている夕凪は、呆れているような表情を浮かべつつも、楽しげに笑っている。
彼女の背後には、じぃっと見つめている神楽の姿。
突き刺さるような視線に気づき、夕凪はくるっと後ろを振り向くと、目が合った。
二人の頭には台所での出来事が蘇り、思わず同時に目を逸らしてしまう。
気まずい空気が二人の間に流れ、むず痒い。
二人のなんとも言えないような空気を感じとり、ギャーギャー騒いでいた四人全員、顔を気まずそうに逸らしている二人を見る。
「なにやら、気まずそうな空気が流れておるなぁ」
「そうだな。女性同士のいざこざは、男性であるわしらが入るわけにはいかん。こちらに矢先が向いてしまう」
銀と開成がひそひそと話していると、優輝がなんのためらいもなく二人へと近付いてしまった。
あの空気の中入り込むのは自殺行為に近い。
銀は関心の声を上げ、開成は止めようと手を伸ばした。
「今は、少々様子を見よう」
この中で一番取り乱しそうな銀籠が冷静にそう言ったため、開成は伸ばしかけた手を止め息を飲み、眉を顰めながらも優輝を見送る。
銀はなぜ銀籠がそんなことを言ったのかすべてを理解はしていないが、それでも何か考えているんだなと思い、安心したような笑みを浮かべ、三人の行く末を見届ける事にした。
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